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進化するコンタドール : 器が人をつくる

今年のツール・ド・フランスから、私はアルベルト・コンタドールが少しだけ好きになりました。

少しだけ好きになりました、ということはつまり、今まではあまり好きではなかった、あるいは興味がなかった、ということです。事実、私はこの人の魅力がよくわからず、レースもなんとなく眺めているだけでした。どちらかというと、強いチャンピオンなのにつまらないことにこだわっているというか、もじもじしているというか、「もっとどーんと構えろよ!」と思うことが多かった。勝利の拳銃バキューンポーズも、なんだかキレがない。「おお待ってました、かっこいい」というよりむしろ「他のポーズを考えたほうがいいんじゃないのか。キメのポーズは躊躇してはダメだ」と思ってしまうことが多かった。

今年のツールの開会式で、コンタドールはインタビューにまず英語で答えました。質問者は英語で聞いて、”You can speak in English or Spanish”と付け加え、コンタドールは英語で答え始めました。自転車選手は言葉の専門家じゃないのだから、英語が話せなくてもいいじゃないかと思うんですが、世界最大の自転車レースの王者は少なくともフランス語か英語のどちらかを話せないといけない、みたいな風潮がありますよね。コンタドールは、語学のセンスはないんだと思います。でも、頑張って英語で答えはじめたコンタドールを見て、「えらい。向上心がある」と思いました。途中で、「夜に緊張してあまり眠れなかったと聞きましたが」という簡単な質問の意味がわからず、”I’m sorry I don’t understand. In Spanish please.”(すみませんわかりません、スペイン語でお願いします)と返し、その後はスペイン語でのやり取りになりましたが、この部分も私は好感を持ちました。ああ、この程度の英語の聴解も彼にとっては難しいのか、それでも彼は英語で回答することを選択したのか、そしてわからないときにはわからないといえる勇気もあるのか、と。

勿論、コンタドールが最初から「英語は苦手なのでスペイン語でお願いします」といって、それで最後まで通しても、それはそれでとても好感が持てたと思います。苦手なことをあえて無理してやる必要もないと思います。自転車レースは多言語スピーチコンペティションじゃないですしね。でも、あえて求められたことに応じようとするコンタドールは、好感が持てました。「カンペオンは英語も喋れないといけないっていうことだよね。なら頑張ってみるよ」という。

世界最大の自転車レースのカンペオンには自動的にいろいろなものが求められてしまう。フィジカルの強さだけでなく、戦略・知略だけでなく、コミュニケーションスキルとか、ちょっとしたフランス語とか英語とか、立ち居振る舞いの優雅さとか、ツイートが下品であってはいけないとか、レキップ紙を敵に回さないスキルとか、観客に殴りかかられない好感度とか、悪質な走路妨害をする観客に手を上げないよう感情をコントロールするスキルとか、ホントもうかわいそうになるくらい多くのことが求められているような気がします。まあ、そんなもの気にしなければいいだけの話なんですけどね。

で、コンタドールの話に戻ると、開会式で英語で話そうとしていて、頑張っているな、と思ったんですが、J SPORTSの解説の人たちは、「コンタドールは本当に英語が苦手ですよね」みたいなことしかいわなくて、ちょっと残念でした。コンタドールが英語が苦手なのはみんな知っている。でも、スペイン語でなく英語で回答したことをまず褒めようよ、と思いました。コンタドールは、なんだか今年のツール、明らかに向上心に満ち溢れていて、進化しようという気概にあふれていたと思います。その向上心のようなものは、見ていて気持ちが良かった。

もう一つ、今大会で印象に残ったコンタドールは、「アンディ・シュレックのメカトラブルにつけこんで」勝ったと酷評されたステージでの表彰式の姿でした。ものすごいブーイングの嵐のなかで、観客の様子がヘンだと気づいたのでしょう、コンタドールのあの天真爛漫な表情から、サーッと血の気が引いていく様子が、カメラにしっかり写っていたんですね。あの様子は、まるで映画の一場面のようでした。コンタドールの内面の変化が手に取るようにわかりました。「なぜだ? なぜ俺の勝利は祝福されていないんだ? ズルは何もやっていないぞ、なぜ俺はブーイングを受けているんだ? そうじゃない、俺は正しい戦いをしたんだ・・・」みたいなものすごくたくさんの想念が2秒くらいの映像に凝縮されている感じでした。

あの時のコンタドールの表情は、非常に良いものでした。実生活でも、我々はああいう表情の変化を見る機会は滅多にないと思います。あれは、青年が大人になることを余儀なくされるときの表情じゃないでしょうか。天真爛漫な世界から追放されて、厳しい大人の世界の中に入っていく、象徴的な瞬間のように見えました。

私はこれまで、「コンタドールは強いけれど、王者の器じゃないな」とぼんやり思っていました。でも、その考えは古いなと反省しました。器というのは、最初から人に備わっているものではなく、器が人をつくるんじゃないでしょうか。コンタドールがすごいカンペオンの器かどうか、ということではなく、勝ち続けて、カンペオンであり続けることによって、自然にそれにふさわしい人間になっていくんじゃないでしょうか。コンタドールは、これからも勝ち続けていけば、多くの人に愛される「すごいカンペオン」になるような気が、しないでもありません。その時はきっと、「不器用で、人間関係が上手にさばけず、キメのポーズもなんだか微妙で、英語もあまり上手じゃなかったけれど、とにかく笑顔が素敵で、そしてなにより、強かったカンペオン」として人々の記憶に残る人になっているのかもしれません。

ヘンにふてくされたり、人間不信になったりしなければ、すごい王者になりそうな気がします。頑張れコンタドール。

著者
マスター

2007年開設の自転車レビューサイトCBNのウェブマスターとして累計22,000件のユーザー投稿に目を通す。CBN Blogの企画立案・編集・校正を担当するかたわら日々のニュース・製品レビュー・エディトリアル記事を執筆。シングルスピード・グラベルロード・ブロンプトン・エアロロード・クロモリロードに乗る雑食系自転車乗り。

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