「おひとりさま」を極めてみる

MTBで自転車通勤をするようになったころ、同僚に、自転車がいかに素晴らしいものであるかを力説して、ひかれました。

9,800円のママチャリとか、MTBルック車を買おうとしている人がまわりにいたら、そんなもの買っちゃダメだ、安い自転車はヘッドパーツが…パーツはシマノのデオーレかLX以上でないと…などと、いまになって思うとかなり迷惑なことを言っていたようにも思います(笑)。

ガールフレンドにも自転車をすすめてきました。クロスバイクを選んであげました。ハードテールのクロモリMTBを買わせました。ブロンプトンを買ってあげました。ロードバイクをプレゼントしました。一緒にロードで100km以上乗るようにもなりました。

「おひとりさま」を極めてみる

でも、もう乗らなくなりましたねぇ。

いつ頃からか、一緒にライドに行くのをなんとなく嫌がるようになりました。

なんでも、長時間にわたってペダルをこいでいるのは退屈だというのです。ヒルクライムに誘っても、なんで辛い思いをして坂を登らなくてはいけないのか、わからなくなった、といいはじめました。

輪行も面倒で嫌だったみたいです。

久しぶりに乗りに行く約束をしても、当日の朝に「ちょっと風邪ひいたみたいで…」と、学校にいきたくない小学生みたいなことをいいはじめます。

これは、もう心が自転車に乗ることを拒否してるのだろうと思いました。それで、だんだんと彼女を自転車に誘うことはなくなりました。

そして私は「ぼっちライダー」になりました。ぼっちライダーの誕生です。

ぼっち、という呼び方は、ちょっと寂しい感じや、侮蔑的な感じがするからなのか、最近では「おひとりさま」などと言われたりもするようです。

「おひとりさま」を極めてみる

さて、こうして「おひとりさまライド」に出かけると、ライド先の食事もおひとりさまです。帰宅後もおひとりでごはんを食べにいきます。宿泊をともなうライドもおひとりさまになります。

「おひとりさま」を極めてみる

もうこうなると、おひとりさまを極めないといけません。

たとえば鍋料理や焼き肉といった食事は、おひとりさまではなかなか食べる機会がないのですが、おひとりさまの機会が増えてくるにつれ、そんなことも言っていられなくなる。我慢していたら、鍋にはずっとありつけなくなってしまう。おひとりさまでやれることを極める必要がある。

と、そんなことを考えていたら「おひとりさま専用Walker2019 これは、ひとりで読んでください。 ウォーカームック」という本に出会いました。なんでしょう、私みたいな感じの人間が増えているのか。

「おひとりさま」を極めてみる

この本、読んでみたらおもしろいことはおもしろいのですが、ちょっとした不満もありました。私は東京在住なのですが、この本は全国版でひろくあさく、というコンセプトらしいので、関東の情報がもっとあればなあと思いました。関西の方もそう思うでしょう。関東版、関西版とか出してもいいんじゃないか。

でも、たとえば関西のおひとりさま食事、ソロ活動について読んでいるうちに、これいいな、と思ったものは、東京で似たようなものがないかと検索するきっかけになります。そういう意味では、九州でひとりメシをする機会はあまりなくとも、読んでいてたのしい。

しかし、不思議なものです。非常にまれなケースではあるのですが、彼女や奥さんも自転車が大好きで、ずっと自転車趣味を継続できているカップルや夫婦もたくさんいます。同様に、彼女や奥さんのほうが自転車への興味を失った、というケースもたくさんあるようです。

とはいえ、です。自転車のペダルを踏むのは、結局のところ、自分です。自分の力で、前に進みます。どこに行くかを決めるのも、自分。そして、人生いろいろ楽しいことを他人と共有できるものの、最後に死ぬとき、人はだれでもぼっちであり、おひとりさまです。

「おひとりさま」を極めてみる

そういう意味では、誰しもが「おひとりさま」に慣れ、「おひとりさま」を極めておく必要があるのではないか、などと思ったりもします。そして「おひとりさま」を極めたひと同士がたまたま一緒に遊ぶようになると、これはなかなかいい遊びにつながったりするんじゃないか。

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