馬鹿野郎!
「何が面白いのかねえ」だの「2軍で頑張ってもそんなに話題性がない」だの、アスリートであるにもかかわらず他競技者への尊敬の念を忘れるとは何事だ!
言っておくが俺は、誰がアスリートで誰は非アスリートとか線引きをしたいわけではないし、ましてや運動をしている者がそうでない者より偉いとか言いたいわけではない。
どうやらここは俺の体験談を通して、相手を大切にするとはどういうことなのかを示さなければならない流れのようだな・・・
クソッ・・・いいなぁ、軽量カーボンフレームに乗ってる奴は楽々と坂が上れて・・・
予定外に仕事が早く終わり、時間と気持ちに余裕ができたせいで、無性にヒルクライムがしたくなった。
ちょうど近くに昔よく通った峠がある事を思いだし、俺は記憶を頼りにその峠へ向かった。
ところが、その峠の登り口が、道路工事があったのか様子が変わっていてなかなか見つからない。
するとその瞬間、偶然にも軽量高剛性カーボンフレームの自転車に乗った男が通りかかったので、彼についていく形で登り口を発見したのだった。
デヤァァァーーーッ!
流れでそのままついていく形になったのだが、俺の息がだんだん上がっていくのに対して、軽量高剛性は軽やかに上っていく。
俺「クソッ・・・いいなぁ、軽量カーボンフレームに乗ってる奴は楽々と坂が上れて・・・」
その瞬間、山頂の展望台でホットドッグを焼いていた謎の初老の男の上腕二頭筋が荒々しく隆起し、剛腕パンチで俺を吹っ飛ばした。
謎の初老の男「馬鹿野郎!奴が今までに何回この峠を登頂しているか知らないのか!!」
俺「に、20回くらい・・・?」
謎の初老の男「2000回だ!1回あたり約30分だから、奴のヒルクライムは、1000時間+30分の結晶なんだよ!!」
薄れゆく意識の中で、俺は「たった30分でできたパンク修理なのにお金とるの」とおっしゃるお客様や、「プロなんでしょ?ポスターくらいちゃちゃっと描いてよ。無料で」と言われて困惑するイラストレーターの幻影を見ていた。
そんなことがあって、俺はかねてより気になっていた LOOK 586 UD がセールになっているというショップをのぞきに行くことにした。
お客さん、『一生の別れ』ってイメージできますか
ウィィィーーーン!
俺は吸い込まれるようにお店の自動ドアをくぐり、LOOK 586 UD の前に立った。
するとどこからともなく現れた謎の店長が、俺にセールストークを始めた。
謎の店長「いらっしゃい。お客さん、先週もそれ、見ていましたね」
俺「細身のほぼゾンタルに黒白の落ち着いた色使い。美しいですねぇ・・・」
謎の店長「走りの方も良いですよ。細身に見えてチェーンステーが扁平加工されているなど剛性と快適性の両立が図られているし、何よりフロントフォーク HSC6 が良いですねぇ。少し前までは、LOOK のハイエンドにしか付かなかったフォークですよ。」
俺「でも、来年になったらもっと性能のいいフレームが出るかもしれないと思うと、なかなか最後の決心がつかないんです・・・」
その瞬間、店長の上腕二頭筋は樹齢数千年の屋久杉が大地に根を下ろすがごとく荒々しく隆起していたが、それとは全く無関係に訥々と語り始めた。
お客さん、突然ですが、『一生の別れ』ってイメージできますか。
これは、親戚が亡くなったとかそういうことだけを言っているのではありません。
お客さんも、おそらくもうすでに経験していることですよ。
例えば、幼稚園や小学校時代の友達。その中には、卒業以来会っていない友達もいるのではないでしょうか。
そして、これから一生会うことがない友達もいるのではないでしょうか。
卒業などをきっかけに、一度離れてしまった友達とは、よほど意識して『あの人と会おう』と思わなければ会わないものです。
では、卒業以来、一度も会っていない友達を思い浮かべてください。
その友達と最後に会った日、『ああ、この子と会うのはこれが最後だな』と思って別れましたか。
そうではないでしょう。
何となく、明日も会えそうな、いつでも一緒に遊べそうな、そんな何気ない気持ちでその友達との最後の日を過ごし、そして別れたのではないでしょうか。
こうして、人は知らないうちに、大切な人と『一生の別れ』をしてしまうのです。
だから私は思うのです。大切な人の前で、いつも最高の自分でありたいと。
今日、あなたが目に焼き付けた私の姿が、いつ『最後の別れ』になっても悔いが残らないように。
『出会いを大切にする』ということは、別れを意識することなのかなと私は思います。
さて。私が何を言いたいかというと、このフレームは当店で最後の在庫で、問屋にももうありません。
来年からはカタログ落ちすることが決まっています。
そしてこれは偶然ですが、この LOOK 586 UD Sサイズのホリゾンタル換算の仮装トップチューブ長は530mm、お客さんのRNC7と同じです。
あとはわかるな?
気がつくと俺は、両の頬つたう心の汗のために店長の顔がにじんでいた。
朦朧とする意識の中、俺は去年の夏に亡くなった、唐津のおじいちゃんのことを思い出していた。
おじいちゃんは90を超えてなお心臓の手術を行い(大手術に耐えてなお生き続けることができるかどうかを考えるため、普通は90もの人にこの手術は施さないそうだ)、その後も元気に過ごしていたのだが、ある他の病気をきっかけに入院すると急速に容体が悪化し、間もなく亡くなってしまったのだ。
俺が最後におじいちゃんに会ったのは、去年の春の唐津ライドの帰りだったか。
その時はまだおじいちゃんは元気で、趣味の家庭菜園でトマトを作り、まだまだ長生きしそうな様子で、俺は何の心配もしなかった。
「また来るね」そう言って、何気ない別れをしてしまったのだ。
今にして思えば、もっと長い時間いればよかった。晩ご飯でも一緒に食べに行けばよかった。自転車ではなくクルマで行って、ドライブにでも誘い出せばよかった。
しかし今となっては、もう取り戻せないことだ。
俺は悟った。
何事も出会いは一期一会であり、別れがあればこそ出会いを大切にするのである。
積極的に選んだLOOK 586 UD
2012年当時の LOOK のロードモデルには「695 SR」「695」「586 SL」「586 UD」「566」があった。
ざっくり言うと、レース向け軽量高剛性モデルのトップに 695 があり、その中でも剛性強化バージョンが SR 。
クライマー、体重が軽い人、ホビーレーサー向けに、695 の剛性を少し落としたものが「586 SL」、そこからカーボンをワンランク落としてちょっと重くなったのが「586 UD」
・・・このように理解している。
当時のインプレ記事によると、695 は「ガチガチのレースバイク」、SR は「更に硬い、一般人にはここまでの硬さは必要ないんじゃないか」、586 SL は「軽くてしなる、ウルトラスムース。これぞ LOOK のクライミングバイク」。
586 UD は「カーボンをワンランク落としているので名前は 586 を冠しているが SL とは別物。ただ悪い事だけでなく、扱いやすさは増して一般人にはむしろ良いかも」というような評価だった。
私には「お金がないから」「ちょっとでも安いのがいい」という理由ではなく、積極的に UD を選ぶ理由があった。
汎用性の高さ
695 には「Eシートポスト」「C-ステム」「ZED2クランクセット」「HEAD FIT3 ヘッドパーツ」、586 SL には「Eシートポスト」「HEAD FIT2 ヘッドパーツ」という専用パーツが装着されている。
ポジション出しのことを考えると、汎用性の低い独自規格のパーツは避けたかった。
一般人である私にとっては数十グラムの神経質な軽量化より、数ミリのポジション調整のしやすさの方が良い走りにつながると思うからである。
クラシックな外観
現代のカーボンフレームにしては細身のチューブ、ほぼゾンタルであること、そして大人しめの色使い。こちらの方が好みである。
私にとって、「自分のバイクに惚れ込めること」は、軽量性や剛性にも勝るとも劣らない、重要な性能である。
現在はヒルクライムとレースに振ったバイクに
2019年4月現在、LOOK 586 UD はパワーメーターを装備し、超軽量カーボンチューブラーホイールを履き、製作者の意図とは裏腹に(?)完全にヒルクライムとレースに振ったバイクになっている。
手前味噌ではあるが、たとえ100万円以上をかけてもヒルクラTTで優位な秒差をつけられるほどの機材的アドバンテージの上積みは難しいという域には達していると思う。
(もちろん、平地での高速域での単独走、下り、高速コーナーを勘定に入れると、話は大きく変わってくる)
ヒルクライム性能ではRNC7 、AZZURRI FORZA 、CAAD8 など私が所有する他のバイクと比較しても、また、試乗などでそこそこ長時間乗らせてもらった他メーカーのハイエンドである ANCHOR RHM(古いが。笑。) 、DE ROSA PROTOS、Trek Domane SL 6、らと比較しても、頭ひとつ抜きん出ている。
25分前後のヒルクライムTTで30秒~1分の差が出てしまうのは、これはもう誤差とは呼べないだろう。(ただし、CANNONDALE SUPER SIX HI-MODにだけは、悔しいが「負けた」と感じた。586UDよりも明らかに軽くなっているのに、失っているものが何もない)
店長おすすめの HSC6 の力なのか下りの安定感も良く、2013年ごろあれほど「下りが怖い、下りが怖い」と言っていた感覚を、今ではすっかり忘れてしまったほどだ。
超軽量カーボンチューブラーホイールと21Cという幅狭タイヤで失った快適性を差し引けば、振動吸収性も及第点である。
ただ、586 SL のインプレでよく聞いた「しなり」を感じることはない。
その理由が SL ではなく UD だからなのか、私の脚力が足りなくてしなりを感じる域に達していないからなのかはわからない。
限られた予算の中で性能をヒルクライムに振った、最後の世代
今にして思えば、2012年前後というのは、各メーカーが「技術の粋を集めてクライミングバイクを作る」「限られた予算の中で、性能をヒルクライムに振ったバイクを作る」ことに注力していた(あるいはその努力の成果が残っていた)最後の世代だったように思う。
この頃から、各メーカーの開発コンセプトは徐々に「エアロ(これはもっと早く始められていたが)」「乗り心地」「グラベル」そして「鈍ってきた購買意欲の刺激」「買い替え需要の創出」の色を強めていった。
当時の私がそこまで見通していたわけではないが、結果として最後のタイミングで 586 UD を購入することができたわけである。
私にとって、最新モデルたちの中には欲しいフレームもホイールもない。
10速、リムブレーキ、ナローリムなど、次々と規格が時代遅れの烙印を押され、嫌でも「いつかくる別れ」を意識してしまう。
しかしそれでも、運命が我々を分かつまでは、私はまだまだこのバイクに乗り続けるつもりである。
おまけ
2012年モデルの LOOK カタログ。
製作者の意図としても、695→586の価格差ぶんは主に「レース」性能であることがうかがえる。
現在のスペックリスト
- フレーム:LOOK 586 UD
- フロントフォーク:HSC6
- ハンドル:DEDA ZERO 100
- ステム:DEDA ZERO 100
- サドル:Selle Italia SLR SuperFlow (145mm x 275mm 195g)
- シートポスト:CANNONDALE (φ27.2×300L) ←CAAD8についてたやつ。特に軽くないが、調整がしやすい名品。
- ホイール:Shimano Dura-Ace WH-7850-C24-TU
- タイヤ:TUFO S3 Lite < 215g
- コンポ:シマノ アルテグラ(6700)
- その他アクセサリ
- パワーメーター:Pioneer ペダリングモニターセンサー SGY-PM910HL
- サイコン:Garmin Edge 500