ワウト・ファンアールト(Team Jumbo-Visma所属)選手のヘルメットを見て「あれ?」と思ったことがあります。Red Bullのロゴが映えているからです。エクストリーム・スポーツの世界では珍しくないこのロゴ、ロードレースの世界では新奇なものに見えます。
しかしツール・ド・フランス2022を見ていてもレッドブルロゴを掲げる選手は他に見当たりませんし(いたら教えて下さい)、デザインはどちらかというとチームウェアと馴染んでいないし、そもそもUCIの規則的にこれはOKなのだろうか? 何か特殊なケースなのだろうか? 等々の疑問が湧いたので調べてみたところ、おもしろい話に辿り着きました。
個人スポンサー自体は制限されていない
Cyclingtipsの4月の記事がこの件を扱っており、結論から言うと選手が個人スポンサー企業のロゴをヘルメットに描いていても問題はない、というか、少なくともUCIがそれを禁止する規則はないのだそうです。
また選手の代理人はチームとの契約交渉時に、選手が個人スポンサーを付けることを認める条項を契約書に盛り込むようにしているのだそうです。一定の条件こそあるものの、選手が個人レベルで個々の企業とスポンサー契約を結ぶことを全面的に禁止するのは、EUの法律上難しいことらしいんですね。
さてその「一定の条件」とは、チームの既存スポンサーが提供する製品やサービスと競合しないこと・その個人スポンサーシップによって選手の職務遂行能力に影響が出ないこと・競合が発生したらそのスポンサーシップを打ち切ること、等々があります。
まぁこれは当然ですよね。例えるなら、モンスターエナジーがチームスポンサーだった場合、レッドブルはチームスポンサーの競合製品になるので選手の個人スポンサーとしては認められない。また、レッドブル・アスリートであることによって必要なレースやイベントに出られなくなるようならやはり認められない。そういう感じですね。
レッドブルに限らず、選手が個人スポンサー契約を結ぶことをUCIは規制してはいないし、選手とチームとの契約書できちんと定められていれば問題ない。ヘルメットにロゴをペイントしても(事前のデザイン承認は必要かと思われますが)問題はない。逆に「個人スポンサーは全面禁止」とするのは、少なくともヨーロッパでは違法になりうる、ということですね。
ピドコックもレッドブル・アスリートなのだが…
ワウト・ファンアールト以外にも、レッドブルにスポンサードを受けているサイクリストは多数います。多くはMTBやシクロクロスの選手ですが、ロードレースではトム・ピドコック(Ineos Grenadiers所属)が有名。ピドコックもオフロード競技ではレッドブルのヘルメットを着用しています。レッドブルのドリンクと契約金を受領しているレッドブル・アスリートなのです。
しかしピドコック、ロードレースではレッドブル・ヘルメットをかぶっていません(トレーニング時にかぶっている写真は結構あります)。これはどうもIneos Grenadiersが認めていないかららしんですね。だとすれば、レッドブルはイネオスと何らかの利害対立があるのでしょうか。
ファンアールトの場合、チームスポンサーのJumboはオランダ・ベルギーでチェーン展開するスーパーマーケットです。当然、お店でレッドブルも販売しています。そしてレッドブルはJumbo-Vismaスケートチームのスポンサーでもあり、Team Jumbo-Vismaのサイトではオフィシャルパートナーとなっています。つまり企業レベルでの付き合いがあり、利害対立もないわけですね。
一方ピドコックが所属するIneos Grenadiersは、F1レースのMercedes-AMG Petronas Formula One Teamの株式33%を取得しています。このチームの大スポンサーです。そしてメルセデスAMGのライバルは…レッドブル・レーシング!
イネオスの場合、レッドブルとの間に明確な競合・利害対立が存在しているわけですね。そのためピドコックには、ほぼ個人競技と言えるオフロードではレッドブル・ヘルメットの着用を(渋々?)許可しているものの、露出の大きいロードレースでは使ってはいけません、という複雑な条項が契約書に盛り込まれているのかもしれませんね。
ちなみにCycingtipsの記事によると、レッドブルはロードレース自体には興味を持っておらず(シクロクロス・MTB等とはデモグラフィックが違うこと、また収益性が低いことから)、レッドブルが冠スポンサーとなってロードレースチームを作ることはないだろう、とのことです。
それにしてもプロトンの中でユンボ・ヴィスマ以外のチームの選手が何人かレッドブルロゴ入りのヘルメットをかぶっていたら、その選手達が同じチームのように見えてややこしいことになったりして。