先日Trekが傘下のBontragerブランドからWaveCel(ウェーブセル)という新素材を採用したヘルメットを発表し、大きい話題になりました。しかしその広告で謳われているWaveCelの「脳震盪防止効果」にMIPSが疑問の声を投げかけています。
ではそもそもWaveCelとはどんな働きをする素材なのか。そしてMIPSとは何者なのか。本記事で見ていきましょう。
WaveCelとは
WaveCel素材がどのように衝撃から頭部を保護するかについては下の図がわかりやすいです。素材が3段階に変化します。
- 曲がる (Flex)
まずセルは初期的な摩擦力を軽減するために曲がります - 潰れる (Crumple)
次にセルは衝撃を受けたクルマのバンパーのように潰れます - 滑る (Glide)
最後にWaveCelはエネルギーをあなたの頭から遠ざけるために滑ります
MIPSとは
MIPSとはスウェーデンの神経外科医Hans von Holst氏と研究者のPeter Halldin氏と共同で開発したヘルメットの設計の呼び名で、”Multi-directional Impact Protection System”の略称です。この技術を保有する会社名でもあります。
=多方向からの衝撃を防御するシステム、の意
このMIPSというテクノロジーは世界中の有名ヘルメットメーカーにライセンス供与されており、下の図のように機能します。ヘルメットのアウターシェルとインナーのライナーが低摩擦レイヤーによって分離しており、衝撃を受けた時にシェルが回転してずれることによってエネルギーを吸収し、かつ別の方向に逃すことで頭部を保護する、というコンセプトです。
MIPSテクノロジーはそれ以前のヘルメットと一線を画しているところがありました。「MIPS的でない発想のヘルメット」は下図の左側のような「垂直方向の衝撃」の吸収だけにフォーカスしているため、ヘルメットを水平面に垂直に落とす実験のみで製品がテストされていることが多いそうです。
しかしMIPSによると、現実の事故発生時には人間の頭はもっと角度のついた落ち方をする。衝撃時には頭に「回転運動」も加わる。そこでより現実的なシナリオで機能するヘルメットを設計したのでした。それが上で紹介したMIPSテクノロジーです。
MIPSのサイトには次のようにまとめられています。
- MIPSとは脳を保護するシステムである
- 回転運動は脳に傷害を負わせうる
- 低摩擦レイヤーがあることで全方向に10-15mmのスライドが可能になり、衝撃時の脳への回転運動を低減する
現在、世界の有名ヘルメットメーカーの80%がMIPSのこの技術を使用しており、BontragerもMIPSを採用した製品をリリースしています。
MIPSによるWaveCelのプロモーション内容への物言い
さて今回Trek/Bontragerが発表したWaveCel素材の効果ですが、同社ウェブサイトやBicycling magazineというサイトでは次のように説明されています。
- 脳震盪の予防において、通常の発泡スチロール素材(EPSフォーム)を使用したヘルメットよりも最大48倍効果的である
- WaveCelテクノロジーを使用することで脳震盪発生率を1.2%にまで減少させた
- WaveCelヘルメットは脳震盪を100回中99回は予防する
しかし。MIPSがこのヘルメットをテストしたところ、初期的なテストの段階ではあるものの、こうしたBontragerの主張は実証することができなかった、とのことです。
MIPSによるWaveCelヘルメットの初期的なテスト結果はこれらの主張を実証できていない。さらなるテストが行われることは保証するが、これらのヘルメットが他のヘルメットやテクノロジーとの比較において、Bontrager/WaveCelが主張するようなパフォーマンスを見せるとは考えられない。
クラッシュに起因する脳震盪の可能性を評価するにあたってのMIPSの立ち位置は、クラッシュというのものが非常に変数の多い出来事であり、個々の衝撃とライダーの体型に応じてユニークなものである、というものだ。
同じクラッシュは2つとして存在せず、同じ人間が2人存在しない以上、脳震盪の発生リスクを(数字で)示すのはほぼ不可能に近い。
しかしながら回転運動それ自体は客観的に測定が可能なものであるため、MIPSが実際に報告しているメトリックはそれになる。
若干かたい日本語になってしまいましたが、ざっくり言うと「48倍も〜」とか「1.2%にまで〜」とか「100回99回は〜」とかそんなこと言えないでしょう君たち、とMIPSは主張したいようです。
Trek/BontragerはWaveCel素材採用の今回のヘルメットについて「30年に1度あるかどうかの革新だ」と宣伝しているわけで、そこには暗に「これはMIPSよりも優れている技術だ」というメッセージが込められているのは間違いないでしょう。
ほぼ業界標準とも言えるMIPSテクノロジーを保有する同社としてはこれが若干面白くないであろうことは想像に難くありません。
プレスリリースにはこんな文言も。
消費者的な立場で言えばBontragerの主張が正確なものであることを希望してはいるが、我々のラボでのテストでどのような最終結果を見せるのか興味深く思っている。
構造と素材のたたかい
MIPSもWaveCelも、頭が斜め方向から地面に打ち付けられる時の「回転運動」のエネルギーを減衰させ、別の方向に逃してやる、というコンセプト自体は同じであるように見えます。
WaveCelはヘルメットの「構造」というよりも「素材」でそれを実現するアプローチを取ったわけですが、果たしてその効果は如何ほどか。今後のテスト結果を待ちましょう。