ツール・ド・フランス2021でエディ・メルクスの持つ通算ステージ優勝数34の記録に並んだマーク・カヴェンディッシュ。エプスタイン・バール・ウイルス感染症(EBウイルス。完治しないヘルペスウイルスの1種)と鬱病に苦しんだ彼は、あまり期待されていない状態で参加した今年のツールでメルクスが「奇跡的」と形容したカムバックを果たしました。
英GQ Magazineがそのカヴェンディッシュにインタビューしているのですが、「スプリンターと老いの関係」についての言及が興味深かったので紹介します。シャゼリゼでカヴェンディッシュは何を考えていたのか。スプリンターの心情を読み取れる良記事です。
出典 Rocketman: Mark Cavendish and the greatest comeback in sports history | British GQ
- (今年のツール・ド・フランスのシャンゼリゼ最終ステージについて)みんな僕が勝つだろうと思っていたね。(シャンゼリゼで)勝つのは簡単だと思われているんだ。僕が簡単に思わせてきたのかもしれないけど、(2009〜2012の連勝は)簡単なことではなかったんだ
- 今回は期待値が高かった。僕は「ただ勝つ、っていうのはもうないだろうな。負けるだけ(失うだけ)になるかもしれない)」という感じだった。例えば今年の最終ステージでは、僕は動きを封じられてしまった。やられた、と思ったから、ただバイクに座っていた… あの状況で出来ることは多くはない
- その時、左側に、フェンスのそばに小さい隙間が見えた。やってやろうか、と何度か考えた。クラッシュするか、勝つか? 勿論10年前なら行っていたと思う、あのフェンスに沿って真っ直ぐに
- でも僕はいまもっと歳を取ったし、落車のリスクや、怪我や苦痛のこと、グリーンジャージを失ったり、他のライダーを落車させてしまう可能性も考えるようになった。シャンゼリゼの丸石に投げ出されるのは、いいもんじゃないからね
- スプリンターであれば、たぶん他のサイクリストよりもアクシデントに見舞われることが多くなる。そしてそういうアクシデントはどんどんひどくなっていく。アクシデント自体の激しさは大したことはないかもしれないが、落車するたびに心の状態が悪くなり、恐れが募っていく。歳を取れば取るほど、負傷もしやすくなる
- こういうことをいつも考えるわけではないけれど、例えば20代では取っていたかもしれないようなリスクは取らないようになる。歳を取って、特に子供が出来たりすると、向こう見ずさは減っていく… 人生のあらゆる側面でね
- (カヴェンディッシュが苦しんでいたエプスタイン・バール・ウイルス感染症からの)回復に必要なものとして科学的に明らかになっているのは、休息と回復しかない。僕はトレーニング中に疲れていたし、トレーニングが終わってからも疲れていた。あんまりひどかったから、階段を歩いて登った後はあまりに疲れてしまって1時間横にならないといけないほどだった
- 僕は絞れていないことが原因だと思って、よりハードにトレーニングした。そしてサイクリングの大部分はパワー・トゥ・ウェイトが占める。軽くなることによって、強くなるんだ。だから僕は食べるのをやめた。この時が、僕のメンタルヘルス問題の始まりだったと思う
老いについて率直に語っている内容ですが、インタビュー内容は暗いムードではなく、家ではパンツ一丁の半裸姿で子供と楽しく過ごしている、という話題も読めるので、興味のある方は是非全文をお読み下さい。ポガチャルのような若いライダーと走れるのは嬉しい、とも語っています。
プロサイクリストの中でもスプリンターは最も負傷リスクが大きいでしょうし、リスクを恐れずに取ってガンガン勝ちを狙っていけるのは20代、そして父親になる前までなのかもしれないですね。
しかし36歳ならもうダメなのか、ということではなく「僕には経験がある。レースの技術がある。スプリントフィニッシュでいつどのように動けばいいかわかっている」とも語っています。そして「仕事として」ではなく「レースが好きだから」走ることが大事だということが伺えます。
もう一点興味深かったのが、ウイルス感染症からの回復を意図して頑張っていたところ、さらに元気がなくなって鬱状態になってしまった件。カヴェンディッシュが感情のコントロール面で度々問題になるのは元々の気性の荒さに加えて、病気との格闘の歴史にも原因があるのだろうか、と思ったりしました。
最近はポガチャルをはじめとする若いライダーの大躍進も面白いですが、良い意味で老成していく感じのカヴェンディッシュの活躍も今年のツールに華を添えていたな、と改めて思います。
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