フレームから自転車を組める人の割合ってどのくらいなんだろう。CBN Twitterでアンケートを実施したところ、関心が高いテーマだったのか2,179人もの方々からご回答をいただきました。ありがとうございます。その結果が以下。「自分で組める」と答えた方は52%と、5割を超えてきました。
フレームから自分で自転車を組めますか?
— CBN (@cbnanashi) 2019年1月24日
すると「組める」ったっていろんなレベルがあるだろう、というもっともなご指摘をいただいたので、次のように追記してみました。というか、これがもともとの質問の真意。
「組める」というのがどのレベルなんだという話はありますが、まあ品質は別として安全に乗れるレベルで完成車にできる、という感じの意味です。機構を理解していて、ツールも使いこなせるか、という話ですね。
しかし「組める」という回答が増えていくにつれ、
- みんなそんなに「組める」んだったら自転車屋の俺なんかいらねーわ(勝手に自分でやれ)
- ニワカが何言ってんだ、自転車組むっていうのはそんな簡単なことじゃねぇんだよ!
といった感じの、やや毒の入ったコメントが散見されるようになってきました。これは私の想像ですが、このアンケート結果は職業メカニックの方々にはおもしろくないでしょう。自分は職業人として顧客のために年間何十台何百台と組んでいるのに、素人がたかだが2〜3本自分のために組んだことがあるからといって「組める」などと言ってほしくない、という感情を持つのは、自然なことです。
「組める」のレベル
今回のアンケートでは「品質は別として安全に乗れるレベルで完成車にできる」という意味でお聞きしましたが、この「組める」には様々なレベルがあるのは事実でしょう。
私の個人的な体験をひとつ紹介すると、自分で組んだロードバイクを有名なプロメカニックの方にチェックしてもらった時、まずシフトやブレーキのアウターケーブルの長さが適切ではないと指摘されたことがあります。
さらに実際に作業をやりなおしてもらったところ、ケーブルでアールが発生する箇所でいかに内部でフリクションが発生しないようにするかを気を使って「曲げ」の作業を入れているのがわかり、実際にブレーキなどは引きがかなり軽くなったりしました。
プロのメカニックの方々は明らかにすごいスキルを持っているのですが、それはマニュアルには記載されていない技術、明文化・標準化されていない(あるいはそれが難しい)技術だったりすることが多いように思います。いわゆる「職人芸」というやつです。
たとえば素人の私達でも、あるネジを7Nmで締めろと説明書に書いてあれば、その通りにすれば一応作業は終了なわけです。しかし経験豊富なメカニックの方には、ネジやパーツの状態を観察した結果、現状で説明書通りに7Nmで締めるのはヤバそうだ、みたいなことが経験の蓄積からわかっていたりします。
もっとわかりやすいのはバーテープ巻きでしょうか。テープがゆるまないように、かつ千切れないように巻いていくためには何Nmの力をかけていけば良いのか。バーテープの箱には書いてありません。書いてあったとしても、我々の腕はトルクレンチではありません。そういうところでプロとアマの差が出たりします。
そういう経験があるので、安易に「組める」などと言ってほしくない、という方々の気持ちもわかります。
あらためて「組める」にはどんなレベルがあるでしょうか。私の考えでは、次のような感じかなと思うのですが、皆さんはどう思われるでしょうか。
- 自分が乗っても安全なレベルで組める(そして何かあっても自己責任)
- 他人に乗ってもらっても技術的な水準では責任を取るレベルで組める
- パーツの性能を最大限に引き出すレベルで組める
- 引き出したパーツの性能が長期的に持続するレベルで組める
そもそもなぜ「自分で組もう」と思うようになったのか
そもそももなぜ自分で自転車を組もうと思うようになったのか。そして5割以上もの人々が専用工具の扱いを覚え、レベルの差はあったとしても標準的な作業を行えるようになったきっかけは何なのか。
その答えは「海外通販」にあったようでした。
欲しいパーツを、あるいはフレームを海外通販で安く買った。でもLBS(=local bike shop, リアルショップのこと)に持っていくわけにはいかない。明確に断られるのは構わないが、なんとなく嫌な顔をされる。気分が悪い。向こうだって気分が悪い。なら自分でやってしまえ。
そういう理由で「自分で組む」ことに着手しはじめた方がかなり多い印象を(タイムラインからは)受けました。
その結果、プロのメカニックの方々の目には「最近そのへんのサイクリングロードで『ざんねん仕上がり』のロードバイクが走ってるのを多く見かけるようになった!」という事態が発生しているように見えているのかもしれません。
でも、それは必ずしも悪いことばかりではないと思います。というのも、たとえ作業品質がプロの目から見て低次元なものであったとしても、作業を通じて「自転車の構造の理解」を深めた人々、そして深め続けている人々が少なからずいるからです。
何かを理解していく、というのは誰にとっても良いことです。良いことしかありません。
みんないちばん悩むところ
さて実際に自分で組もうとした時に多くの人がいちばん「厄介だ」と感じるのは主にヘッドセットとBB回りのようです。上のアンケートへの反応を読んでいても、その作業だけはプロショップにお願いしている、という方は少なくありませんでした。
ヘッドセットの圧入やBBカップまたはベアリングの圧入のための専用工具はわりと高価なものが多いので、年に1度使うか使わないかのそれらの工具に高いお金を払いたくないという方も多かったです。それは、まあ自然な感覚だとは思います。
ただ「圧入工具は何万円もするから…」という意見も目立ちました。これは誤解で、確かに一流メーカーの製品はそれくらいするものもありますが、ここ数年はCyclusやX-Toolsといったメーカーから1万円もしないヘッドセットプレスやBB圧入工具が出ています。
専用工具は安くなりました。もはや買えない値段ではありません。場合によってはプロショップに依頼する作業工賃でツールが買えてしまうことさえあります。
消えつつあるスキル
最近は圧入式のBBが主流ですが、BSAやITAといったネジ切り式のBBでは、タッピング(ネジ溝の整形)やフェイシング(面出し)といった作業が発生することがあります。こういう作業は当然減りつつあります。カーボンフレームでは基本的に発生しない作業でもあります。
シフトが電動になりブレーキが油圧式になると、アウターケーブルの曲がり具合を整形してワイヤーの動きをスムースにする、というあの職人芸が価値を失ってしまいます。手組みホイールも消えつつあります。
シマノのSTIやカンパのエルゴパワー、サスペンションの分解、油圧ブレーキのブリーディングなどは今後も需要が高いスキルかもしれませんが、「メカニックさんしか知らない専売特許の技術」みたいなものはどんどん減っていくでしょう。様々な作業が標準化度合いを深めていきます。変速調整の技術も消えつつあります。
そういう未来において、プロのメカニックさんが提供できる価値ってなんだろう。私達一般の愛好家がそれを求めてプロショップに足を運ぶ価値ってなんだろう。これは結構、面白い問いじゃないかと思います。
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