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メカニカル・ドーピングの歴史 そして薬物ドーピングとの違い

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今を遡ること9年ほど前、ツール・デ・フランドルでのファビアン・カンチェラーラの強烈な加速パフォーマンスのおかげで生まれてしまったメカニカル・ドーピング伝説。

その4年後、プロレースの現場で実施例が発見されるという事もありましたが、そのあと、プロ選手のフォロワーは確認されていないようです。

スイス製maxonのブラシモータRE40(14866)

一方で、欧州のBOSCHがBosch eBike Systemsを展開するなど、巷ではe-BIKEという新しいカテゴリの自転車が脚光を浴びはじめ、自分以外のパワーソースを上手に使って楽しむことができるようになっています。

同じ電気パワー由来でも、盛り上がりを見せるe-BIKEに対して、話題的にもすっかり影が薄くなっているメカニカル・ドーピングは、いつまで経ってもなくなる気配がない薬物ドーピングとは異なり、このまま消滅するのでしょうか。それとも・・・

メカニカル・ドーピングの定義

UCI規則によれば、メカニカル・ドーピングは次のように規定されています。

ARTICLE 1.3.010

“The bicycle shall be propelled solely, through a chainset, by the legs (inferior muscular chain) moving in a circular movement, without electric or other assistance.”

「自転車の推進力はチェーンセットを介して円運動する脚(下肢筋肉)のみにより得られるものであり、電気その他のアシストがあってはならない」

CLARIFICATION GUIDE OF THE UCI TECHNICAL REGULATION より

上記文章の「電気その他のアシストがあってはならない」が、メカニカル・ドーピングを規制する部分でしょう。

下り勾配では自転車と乗り手の質量が持つ重力場でのポテンシャルエネルギーを原資として、つまり外部由来の重力場の恩恵に預かり、勝手に推進力を得ることができますが、こういうのをメカニカル・ドーピングとは言いません(当たり前ですよねぇ)。

メカニカル・ドーピングの歴史

ツール・デ・フランドルでのファビアン・カンチェラーラの目の覚めるような加速パフォーマンスが噂を呼んだのが2010年。

ヴエルタ・ア・エスパーニャの第7ステージでクラッシュしたエリック・ライダ・ヘシャダルの自転車の動きの怪しさが疑惑を呼んだのが2014年。

そしてついに、ベルギーで行われたUCIシクロクロス世界選手権女子U23で、メカニカル・ドーピングの最初の実例が発見されたのが2016年。

さらに2015年。ツールでのSKYのメカニカル・ドーピング疑惑を報じた記事もありました。

しかしこの件、どうも私には噂話でしかないように見えます。結局、現場で実際に確認された事例は、前述のシクロクロス世界選手権の一件のみ、のようです。つまり、大山鳴動して鼠一匹。

一方で、メカニカル・ドーピングの動作原理や実現可能性に関しては、早くもCBNが2010年7月時点のレビューで、システム的視点、供給パワーの妥当性など、ほぼ完全に提示しています。

cbn ”Fabian Cancellaraの電動アシスト疑惑” に関する一考察

この機構は意外と簡単に実装できるということも、今ではすっかり知られているのではないでしょうか。

フレーム内モーターの構造

画像はデイリー・テレグラフ紙からの引用。実にシンプルな構造 © Daily Telegraph


 
フレーム内モーターの構造

画像はcyclingnewsからの引用。CBNレビューの記述を忠実に再現(?) © cyclingnews.com

次の画像は偶々、手元にあるスイス製maxonのブラシモータRE40(14866)です。ブラシモータとしては極めて高効率かつ高出力。直径40mm、長さ71mmの体格で連続定格150Wという優れたパワー密度を誇ります。

メカニカル・ドーピング機構の設計者ならmaxonは、一度は使うことを想定(笑)するモータでしょう。

スイス製maxonのブラシモータRE40(14866)

メカニカル・ドーピング機構の設計者なら一度は使うことを想定する(であろう)スイス製maxonブラシモータ

他方、ホイールのリム内部にロータ磁気回路を構成し、フレーム側のどこか(ブレーキアーチ部あたりですかねぇ?)にステータ磁気回路を構成するような「手の込んだインホイールモータの噂」もありますが、ロードバイクでこれを実際にやろうとすると、ステータ収納側の構成に難があります。

また、従来品(?)と比較して格段に重量が嵩みますが、高レシオなギヤを挟まないので甲高いギヤ音が出ず、その意味では走行中に周囲に気づかれにくい、等々、話としては面白いかもしれません。

インホイールモータに関する次の2つの参考画像はちょっと微笑ましいものです。マドガード形状のトンネル内にステータが盛られていてその肢体が怪しすぎて、一発でバレてしまうので、これはさすがに却下でしょう。

なお、このアイデアでは既存モータを流用することが出来ないため、磁気回路も含めた専用設計が必要となりますが、実現可能性は十二分にあります。

しかし、パワーウエイトレシオが酷すぎますから、違いのわかるメカニカル・ドーピングの設計者は決して、手を出さない代物でしょう。これは動作しないモックアップだと、私は思いますが、もし、可動品だとしたら、こんなバレバレなものを敢えて製作した人物の強烈なモチベーションは一体、どこからやってきたのでしょうか。

ところが、日本放送協会のウエブサイトにこんな画像が掲載されています。これはモータのロータ側でしょうが、だとするとこの電気配線らしきものは、ちょっと理解できない物体です。

通常、ロータ側には永久磁石を配して磁気回路を構成しますが、そうすると、メンテ時に鉄の工具が吸い付いて怪しまれる。

というわけでこの事例では、ロータ側にも電流を流して磁場を発生させている(世の中にはそういうモータがちゃんと存在する)のだとしたら、それは唸るしかありません。

まさか、そういう意味なんですかねぇ、このヘンテコな電気配線と電池っぽいものは。

パワーソースの進化

リチウムイオン電池は、エネルギー密度、パワー密度の両面から着実に進化し、内部抵抗を抑えて大電流放電に耐えられる(つまり自転車ライト用途ではなく、TESLAの電気自動車に使われているような)類の18650電池などは、メカニカル・ドーピング用途には申し分のないパワーソースです。

仮に3Ahの18650電池を4本使えば12Ahですが、1本あたり平均3.2Vで放電すると考えると、実に15分にわたって(というか、発熱で破綻せずに涼しい顔してたった15分で終了させてしまう急速放電で)154Wを外部に供給することが可能です。

駆動回路や減速機構、モータそれぞれの損失を考慮しても、15分間にわたって100W程度のアシストを行うことが可能で、特に起伏の大きくないコースでは大変なアドバンテージをもたらします。モータは先ほど示したmaxon RE40よりも、もう少し小さい体格でも大丈夫です。

Teslaの電気自動車とPanasonicの18650電池

Teslaの電気自動車とPanasonicの18650電池。Panasonicのwebsiteから引用 © Panasonic

e-BIKEは、体の弱い方や、ハンデを持った方がサイクリングを楽しむ機会を得ることに貢献するでしょう。実に素晴らしいことです。

そんなことを想像するのは楽しいですが、メカニカル・ドーピングの話を読み進むのは、何だかなあ・・・というか、なんとも言えない気分になってきますよねぇ。

まあ、はっきり申し上げて、つまらない世界です。技術としては同根のはずのメカニカル・ドーピング機構とe-BIKEシステムですが、e-BIKEの方がずっと楽しそうで、わくわくします。

メカニカル・ドーピングと薬物ドーピング

メカニカル・ドーピングと薬物ドーピング。どちらもドーピングですが、趣はかなり違います。ロード系自転車競技においては、主に心肺能力の拡大を狙うドーピングがなされます。

特に薬物ドーピングの場合は自分の身を削って、もしかしたら寿命を縮めてでも好成績を得ようとする行為。対してメカニカル・ドーピングは、自分の身体に害を一切与えず、走力を拡張する行為です。

一般的に、薬物ドーピングは決して手を染めてはいけない行為と考えられています。また、規則で事細かに禁止薬物が規定されており、違反者には罰則も用意されています。

ですが、薬物ドーピングのニュースを耳にするたびに、憤りではなく、何か、やるせない寂しさのようなものを感じます。

ランス・アームストロングの場合、多くのファンが散々、彼を「神」と呼び、讃えまくっていましたが、ドーピングが決定的になった時期を境に、「騙された!」風な非難の嵐が彼を覆いつくしました。

Lance Armstrong at Tour de France 2010

Lance Armstrong at Tour de France 2010 © filip bossuyt

私は、ランスのファンでも何でもなかったのですが、もし私がランスのファンだったら、今でもファンのひとりとして居続けていると思います。手のひらを反して、「あのインチキ野郎」と罵るというのは、私にはできません。只々、やるせない気分になる、でしょう。嗚呼、哀しきかな、と。

しかし、メカニカル・ドーピングは違います。何とも苦々しい気分に襲われることでしょう。

何故か?本人の身体もリスクを負う(ことが多い)薬物ドーピングにはどこか悲壮感が漂います。ランスの場合でも、ワルにはワルの生き方があるのさ、と言われれば、ほんの僅かですが、ある種の説得力があり、小説にもなりそうです。

しかし、メカニカル・ドーピングは、ただ単純にカッコ悪すぎて、小説になど到底、ならない。正真正銘のずるいヤツ、というだけで終わってしまいそうなところが、何とも救いようがないように感じられるのです。

自分以外のパワーソースを使ったメカニカル・ドーピングは、確実なチェックが実施可能でしょうから、今後、やらかすチームや個人が現れる可能性は限りなく低いと思います(ホビーレーサーがやってしまうかも知れませんが)。

一方で、いつまで経ってもなかなか後を絶たない薬物ドーピングは・・・いつまでたっても終わらないのかも知れません。

なぜ、薬物ドーピングがなくならないのでしょうか。そこには地政学的な、人種的な、民族的な、宗教的な、政治的な、個人的な、何らかの背景があるのでしょうか?

人の属性によって、スポーツというものの定義そのものが違うのでしょうか?

いや、もしかしたら薬物ドーピングよりも効果的な、しかしドーピングとして規定されていない何かが存在して、それがある特定の人々によって独占されているという状況が、免罪符の効果を発揮しているのでしょうか。

あれが許されているのだから、クスリを使ったっていいじゃないか

さすがにそんな「あれ」はないような気はしますが、いずれにしても薬物ドーピングがなくなる気配がないのはなぜなのか。それを取材を通して徹底的に掘り下げてルポルタージュとして世に問うのは、ジャーナリズムの仕事であろう、と思います。

私は自転車ジャーナリズムに期待します。

完全な余談

あ、そうそう、「自分以外のパワーソース」といえば、マラソンのペースメーカー。

巨大な男子ペースメーカー3名が盾になって女子のトップ選手を負圧で引っ張る、あ、いえいえ、「引っ張る」なんて、そんな言い方は拙いのでしょうねぇ。

前を走ってペースをつくる。ああいうのを見るたびに、何か、もやっとしたものを感じてしまいます。スポーツって、難しいなあ。

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GlennGould | CBN Blog
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著者
GlennGould

単なる市井の自転車乗り。2020年はスレスレで年間走行距離10000kmを上回り、最近10年間の総走行距離は109500kmほど。早朝4時から7時前(冬は真っ暗)に走ることが多く、日焼けはかなり控えめ。ここ数年はMTB走行が多め。おかげで自転車の操縦が少しだけ上達したような気がする(というのは完全に思い込み)。 そういえばサイスポ歴は立ち読みも含めて45年。 なお、山歩き歴も長いですが、そちらは永遠の初心者。

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