筆者はサイクリストですが、最近は山歩きを楽しむ機会も増えています。標高差1000m未満の低山ハイキング(日帰り)が中心で、初級〜中級とされるコースしか知らないのですが、歩きながら「サイクリングと山歩きの似ているところ・違うところ」をよく考えるようになりました。この記事では8つのテーマに絞って雑感的に考察してみたいと思います。
重力加速度の現れかた
まず「下り坂」について考えてみます。自転車でのダウンヒルは、放っておくとどんどんスピードが上がり、安全運転のための集中力は要求されるものの、体力的にはラクラクです。
しかし山歩きの下りでは、自転車をどこまでも加速させるこの重力加速度は「スピード」ではなく「足腰への負担」として現れます。登坂も自転車におけるヒルクライム同様(時にはそれ以上)の負荷はかかるのですが、下り坂では膝への衝撃がとにかく大きい。自転車では考えられないことです。
下山時は「スピードが出すぎないようにブレーキをかけながら下っている」とも言えます。ロードバイクでダウンヒル中にブレーキングすると、手はやはり疲れますよね。オフロードでの急ブレーキなら衝撃も受けます。山歩きではあれがそのまま膝の仕事になる感じです。
この衝撃を緩和しつつ、足腰への負担を最小限にとどめて歩き続けることが登山での大事なスキルになるらしいのですが、この点は自転車とは全く違う活動だな、と思わされる大きいポイントです。自転車の下りで感じるスピードと加速感は、山歩きでは「膝への衝撃と負荷の蓄積」という形でその姿を表します。路面が一様ではないので、膝に平等に負荷を分散するのも難しいです。
悩ましい「舗装路のアプローチ」
多くの山には「登山口」があり、そこまでのアプローチは「自転車やクルマでも行ける舗装路」だったりします。本格的な登山道がはじまるまで、あるいは登山道が終わった後の舗装路は、サイクリストとしては「ここは自転車があったら便利なのになぁ! サッと駅までワープしてしまいたい!」と思うことが多いです。
アプローチは周囲の様子を観察したり、下山後なら「今日はすごい道歩いた。マジすごかった。ここは俺にはまだ早かった…」などと余韻に浸る時間でもあるのですが、2kmや4kmの車道になると「自転車にまたがりたい!」と思うことが多いです。輪行における移動中の電車、みたいな感じでしょうか。ただ景色が良いなら楽しめるので、一概に無駄な時間というわけでもありません。
このようなアプローチ道ではロードサイクリストの姿を見かけることも多く、ならばと「自転車と山歩きを組み合わせる」遊びも開拓するようになったのですが、するとスタートとゴールが同じになるため、登山がどちらかというとオマケ的活動になります。逆に長時間歩きたい場合、その日のサイクリング距離が短すぎて輪行は微妙になることも。日帰りだと特にそうなります。
しかし日帰りで行動時間が限られている時、徒歩なら合計90分かかるアプローチ時間を30分に短縮させられるといったこともあるので、自転車が大いに活躍することもあります。
▼ サイクリングと山歩きの組み合わせは、地図を眺めながらコースを考えるのも楽しいものです
▼ 自転車を背負って歩けば縦走も可能に!(上級者編)
「ゆるポタ詐欺」の登山バージョンはヤバい
自転車の世界では「ゆるポタ詐欺」という言葉が有名です。「大丈夫だよ〜初心者でもラクに走れるコースだよ〜坂道も大したことないから行こうよ!」との誘いに応じたところ平均斜度8%のヒルクライムや100kmのロングライドや伊豆大島一周道路だった、という経験をされた方は少なくないと聞きます。
これは登山・ハイキングの世界でも同じらしく、山のコースガイドブックなどを読んでいると「技術度2・体力度2」の初級コースとして紹介されているのに、解説には「ミスをすると死亡事故に繋がるので気をつけよう」みたいなことがさらっと書かれていたりします。
しかし実際にそうしたコースに行ってみると、高齢な方がハァハァ言っている私をどんどん抜いていくことも。運動強度自体は継続すると少しづつ慣れてはくるのですが、山歩きは端的に言ってサイクリングよりも死に近いという側面はあると思います。自転車の場合も交通事故のリスクがありますが、ゆるポタで死を意識することは稀でしょう。「ゆる登山」はそれがある感じ。
山の本で「ご家族でも楽しめます!」などと紹介されているコースでも「この坂、転がったら止まらないだろ!」や「横に滑ったら終わりだろ!」というセクションが普通にある印象です(ただし、そういう場所には迂回路が用意されていることも多い)。
しかし実際は登山人口のほうが比較にならないほど多いのが事実でしょう。機材スポーツ的な面が少ないこと、日本はアクセスの良い低山に恵まれていること、骨の強化にはサイクリングより登山のほうが効果的かもしれないこと、登山趣味の伝統が長いこと等々、いくつか理由はあると思いますが、興味深いことです。
トレッキングポールとサスペンション
次にトレッキングポール、と呼ばれるアイテムを考察します。スキーのストックのようなもので、岩登り以外でよく使われています。登りでも下りでも足腰の負担を減らすことができ、なおかつ速く歩けると言われています。
私自身は、まだこのトレッキングポールを使っていません。理由は、使わなくともなんとかなるコースであり、体力が許容するのなら、使わないほうが体幹の強化や基礎的な歩行スキルの向上に繋がるのではないか、と考えているからです。しかし、遠からず使う日が来るとは思います。アップダウンの多い長距離を歩いていると、欲しいと思うことがあります。
トレッキングポールを使いこなして効率的にサッサッとガレ場を歩いていくベテランの方々を眺めていると、あれは自転車のサスペンションに近い役割を果たしているに違いない、と思うことがあります。衝撃吸収だけでなく、路面追従性にも貢献しているのが見て取れます。きっとフルサスMTBのように快適でしょう。
徒歩でしか通れない道がある
サイクリングでしか味わえない経験があるように、山歩きでしか味わえない経験もあります。どちらもそれぞれ素晴らしいものですが「ここはコンタドールがダニー・マカスキルのスキルを持っていたとしても絶対無理!」という岩だらけの激坂(坂というより壁)に遭遇すると、歩いて来た甲斐があったとよく思います。
自転車はクルマで走れる道・徒歩で歩ける道、どちらも良い具合に広範囲を走破できるのが大きい魅力。山歩きでは、短距離ではあっても徒歩でしか歩けない道を、より高い解像度で深く歩き尽くす、というのが魅力かもしれません。
この「風景と体験の解像度の違い」は、説明がなかなか難しいのですが、動画を例にすると「30分のFull HD(1080p)のサイクリング映像」と「10分の4K登山映像」の違い、のようなものかもしれないな、と思います。
山を登る目的もいろいろ
自転車に乗る目的は人によって様々です。レースで勝ちたい人。のんびり風景を楽しみたい人。1日でどれだけ走れるか試したい人。とにかく峠という峠を制覇したい人。どれも楽しいですね。
登山でも同じで、私のように自然を楽しむハイキングがメインの人もいれば、ひたすら山頂を踏むことを目的とする「ピーク・ハンター」と呼ばれる人、登山道を走るトレイルランナー、山頂で温かいごはんを楽しみたい人など、様々な目的・価値観を持っている人々が集っています。自転車同様、楽しみ方も一様でないのが面白いと感じます。
ウェアやギアに対する考え方
ウェアに関する考え方は、登山とサイクリングとで共通点が多いと感じます。例えば秋なら、汗冷えのしないインナーにフリースなどの保温性の高いミドルレイヤーを着る。必要が生じたらウィンドブレーカーまたはレインウェアをアウターとして重ねる、という具合です。軽量化するならレインウェアだけ持っていく。防水ウェアには透湿性も求められます。
私の場合は自転車を組み合わせることもあるので、パンツから下だけ登山用、上はサイクリング用のインナーとサイクルジャージ、ということが多いです。有酸素運動以上の強度で歩いていることが多いので、低山なら気温が低い日でもこれで寒いと感じることは少ないです。
サイクリングでは必要なことが多いサングラスは、私が歩いているような低山ではだいぶ着用率が低いように感じます。風の影響が比較的少ないからかもしれません(雪山では紫外線で角膜が傷付くので必須とも聞きます)。
また自転車では軽量化が大きいテーマだったりしますが、これは登山趣味の方でも似たところがあるらしく、軽量なザック、軽量な食器、軽量なアイゼン(=シューズに履かせるスパイクのような爪)、軽量な寝袋… 等、様々あるようです。軽量なギアはやはり高価。このあたりも自転車と同じです。
サイクリングでは使わない筋肉も使ってより健康に
山歩きは、身体的な面では発動する筋肉の部位がサイクリングとは相当違います。サイクリングで100〜200kmを楽に走れる方でも、トレッキングでは10kmで疲労困憊することもあるでしょうし、その逆も然りです。
自転車で100kmを楽に走れるようになるためには、100kmを何度も乗るしかないですが、山で10kmを楽に歩けるようになるには10kmのセッションを繰り返すしかない、という感じです。それぞれの運動に対して、最適化される筋肉の部位が違うので、応用が効く、という感じはしません。
ロード系の競技志向サイクリストの方にとっては、登山をすると不要な筋肉が増えてしまうだけかもしれませんが、趣味的に自転車に乗っている方にとっては、普段使わない身体部位を活性化させられるという点で、健康に資するところが多いと私は感じています。骨も衝撃で鍛えられます。筋肉は横方向の負荷も多く発生します。
しかし自転車競技にしても、最近はシクロクロスやMTBといった種目から新世代のロードサイクリストが生まれていることを考えると「オフロードで身体を動かす」ことはロードサイクリングにも何らかの良い効果があったりするのでしょうか。少なくとも判断力と反射神経は鍛えられるような気はします。
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