今日は「働くこと」特に「接客が絡む専門職として働くこと」に関する、やや社会問題的な話題です。ご興味ある方だけお読みいただけると幸いです。
「自転車ショップで嫌な感じの店員に遭遇することが多かったのですが、私も実際に自転車ショップで働くようになったら、自分自身も嫌な店員になってしまいました」という投稿が海外掲示板で話題になっています。コメント数が400近い巨大スレッドで、全部読みこむと1日過ぎてしまうと思うので個人的に興味深かったやり取りを抄訳でご紹介します。
お客さんをバカにすると気持ちが楽になった
まずスレ主さんの投稿から抜粋します(なお本記事における「上から目線の・小馬鹿にしたような・傲慢な・マウントを取るような」という訳語は、原文では”condescending”です)。
自転車ショップ(およびあらゆる種類の小売業)では、労働者は賃金が低く、自分よりも可処分所得が多い豊かな人々が、自分なら1年以上貯金しなければ買えないような自転車を買っていく様子を目の当たりにしなくてはなりません。
(ショップ店員がお客さんを小馬鹿にしたような態度を取る)理由の1つがそれです。2つ目の理由は、人は困ったことがある時に自転車ショップにやって来ることが多いためです。メカが壊れてなんとかしないといけない状況は、誰も幸せではありません。そのためショップに入ってくるお客さんの多くが不機嫌です。
店で働きはじめた時、私は自分にできる限りの最高のカスタマーサービスを提供しようという志を持っていました。私自身が以前ショップで多く遭遇したような、不親切で上から目線の店員にはならないぞと思っていました。しかし、やがてそういう気持ちが失われていきました。例えば、始終私よりもずっと優れた人間であるかのように振る舞う、5000ドルの自転車を買ったばかりのビジネススーツを着た男に、プレスタバルブの使い方を教えるために跪かないといけない。ある客はディレイラーのことを「プーリーのついてるやつ」などと呼んでいるし、私が彼のバイクを早く直せなかったので苛立っていました。
ここで(客にマウントを取るようになる)3つ目の理由が出てきます。来店する客は、当然ながら一日中自転車を相手にしているメカニックよりも自転車のことを知らないのです。このことにより、メカニックは自尊心を回復するための安易で明白な方法を手に入れるのです。つまり、客の無知を馬鹿にして、今度はこちらが上であるかのように傲慢に振る舞うのです。
当初、私はこうならないように抵抗しました。お客さんの大部分は良い人達じゃないか、と。しかしひどい客は本当にひどく、何ヶ月も経つとお客さん全員をバカにして「俺達 vs. あいつら」という構図で見るほうが、心理的に容易なものになったのです。自分がかつて嫌っていた、上から目線のクズ店員に自分がなりつつあることはわかっていました、しかしどうでもよくなったのです。毎日出社して、他のメカニック仲間に溶け込んで一緒にお客さんをバカにするほうが、気が楽になりました。そうやってお互い笑わせるようになりました。
さらに、多くの人々がお喋り目的で自転車ショップにやってきます。しかし自転車ショップというのはサイクリング・クラブではありません。メカニック作業は多くの集中を要しますし、ノイズで気が散るものです(私はテレビが点いているだけで嫌でした)。お喋り目的でショップを訪れて肩透かしを食らうとしたら、そういう理由です。集中力が必要な作業を行っているからです。
これで皆さん(状況が)おわかりいただけたことと思います。また、慎ましいもので良いので自宅に作業スペースを作り、修理は自分でやってみることをおすすめします。メカニックの経験が少なくても、バイクに乗るのであれば自分をメカニックとして考えはじめるべきです。ちゃんとしたツールのある整理整頓されたワークショップが、このメカニカルな趣味の80%を占めます。良い調理器具のある、よく整備されたキッチンがあるとおいしい料理を作りやすいのと同じです。技術的な手順やレシピならYouTubeで手に入ります。
と、ここまでがスレ主さんによる告白。まとめると「偉そうな」自転車ショップ店員が存在するのは、まず賃金が低いためにお客さんの経済力に嫉妬してしまうから。お客さんは不機嫌なことが多いから。無知なのに偉そうだから。お客さんの無知を笑い飛ばすことにより、自尊心を保つことができるから。無愛想なのは集中して仕事を行う必要があるから。といったことが語られています。
スレ主さんは「自転車ショップ店員に感じの悪い人がいるのは個々人の資質に問題があるのではなく、感じの悪い人を生み出すような構造が存在しており、それが問題なのだ、だからこういうことは仕方ないのだ」というメッセージを伝えたいのでしょう(そして家で自分で何でもやったほうがいいですよ、ショップなんか行かないほうがいいですよ、と言っているようにも見えます)。
私の無知があなたの仕事を生む
これについて色々言いたいことは私にもありますが、私の意見よりも他の方の意見のほうがおもしろいので、それを見ていきましょう。スレ主さんの上の告白に対して寄せられたコメントの中から、支持率の高いものを抄訳してみます。以下は208件の支持を集めています(本記事時点)。
あなたが説明したことは、何らかの技術的ノウハウを持つことが必要とされる、顧客と直に接する他の様々な仕事でも100%同じことが言える。自転車ショップが特別というわけではない。しかしあなたがそういうバカヤロウにならなければその仕事をできないというのなら、お客さんと接しない他の仕事を見つけなさい。
私が何かについて無知であるということが、その何かに詳しいあなたの仕事を生み出しているのです。何が起こっているのかさっぱりわからない、という客がいるからこそ、あなたの仕事が存在するのです。現代世界でアリストテレスごっこをやっている時間はありません。私の人生では、私がメチャクチャ詳しい物事があって、私はそれによって他人からかなりいい賃金をもらっています。そして私が全く知らない、正直全く興味がないものもあります。私の場合だと、自動車のエンジンです。そういうものは、これを直してください、これが私のトヨタです、これがお金です、なんとかしてください。となります。
こうした知識のギャップがあなたの生活の糧になっていることを理解できないなら、あなたの人生は苦く、不満の多いものになるでしょうし、世の中の仕組みを知らないために、損をすることになるでしょう。
人は自分が知らないこと・できないことを購入しているのだ、それがあなたの仕事を生んでいるのだ、という意見ですね。この人はスレ主さんに対してちょっと怒っている感じですが、内容は建設的なアドバイスだなと思います。
フレンドリーでも敵対的でも給料は同じならどっちが幸せ?
次のコメントも73いいねがあり、支持率が高いものです。
私は自転車ショップで15年働きました。小売業は嫌なものですし、客にイライラさせられることはあります。しかし、だからといって人を見下していい理由にはなりません。
誰かがプレスタバルブの使い方を教えてもらいたくても、ホイールをタイヤと呼んでも、どうでもいいじゃないですか。私の仕事は彼らを助けることであり、そのために給料を支払われているのです。
私が同僚とのあいだで経験した大きい問題は、仲間やお客さんに自分の価値を認めてもらいたいという欲求を持ってしまうことでした。給料は安いですし、バイクメカニックは他の小売商の人々のようには尊敬されません。このように価値を低く見られているので、ショップ店員は負い目を感じているのです。
お客さんに対してフレンドリーであろうが敵対的であろうが、私が受け取る賃金は同じです。唯一の違いは、職場を出る時に腹を立てているか、そうでないかだけです。
給料が安くて尊敬を得られていないのは残念な点ではありますが、それでもなんとかなるように人生を組み立てられるなら素晴らしい仕事です。私の同僚の大部分は自転車が大好きで、私も一日中自分が好きなものについて話ができるし、お客さんは新しいクールなものを手に入れてワクワクしていることが多いし、古いものが修理されると喜んでくれる。
誰かにイライラさせられたり、すごいお金持ちに意気消沈してしまう時は、これは私が選んだ職業であり、私はこれが好きなのだということを思い出すようにします。退屈な管理職や銀行家、テック系のお客さんにはわからないことです。彼らには好きにマウントを取らせておけば良いのです、私は職場で楽しい時間を過ごし続けます。
この方の意見は前向きで良いですね。他の人による「お客さんに対してフレンドリーであることはタダだし、そのほうが損をしない」というコメントもありました。一日の仕事を、どす黒い気持ちで終えるか終えないかは、自分で選べる。承認欲求の話が出ているのは興味深いですね。
会社が社員を守る工夫も必要
次は127いいねのあるコメントです。
パートタイムのメカニックをやっていた者ですが、上司がしてくれた最高のことの1つは、お客さんとの接触を最小限にしてくれたことです。出社する時はよく、その日作業する自転車のリストを持って入って仕事をし、お客さんとの交流は、自転車ができているので取りに来て下さいと電話する時だけでした。
これも興味深いコメントで、接客が得意でないメカニックさんにはありがたい対処ですね。お客さんからメカトラブルの詳細を直接ヒヤリングできないという問題や、逆にお客さんとコミュニケーションを取るのが好きだという人もいると思うので一概にこれが良いとは言えないかもしれませんが、こういう分業がうまくいくケースも多いのではないでしょうか。
結局は会社の風土の問題
こちらは65いいねのあるコメント。
(上から目線のようなものの)源泉は1つ、悪い職場環境です。
私のショップには上から目線の従業員はいません、なぜならそういう人は組織の中に残れないからです。
彼らはお客さんとの応対が素晴らしく、お客さんの誰かが何かについて間違っていたとしても、放置するようにしています。明らかにショップでのトレーニングの問題です。自転車ショップを運営することは、長期にわたる関係を築いていくことです。勿論、1回しかやって来ないお客さんにクロスバイクを売ってわずかな収益を得ることもできますが、お客さんとの長期的な関係、サービスにお金を使ってくれたり、自転車やギアを繰り返し買ってくれる人々が大切なのです。
社風・企業風土に問題があるのだ、という指摘で、これも納得できます。嫌な店員さんが1人もいないショップだってたくさんあるわけです。
問題を解決するために対等な立場で協力する
結局のところ、客側も店側も「問題の解決」にいかに集中するかを考えることがいちばん大切ではないかと個人的には思います。客は欠落を埋めたり、問題を解決するためにお店に行き、専門家にアドバイスを求める。問題を解決することが目的なのだから、専門家がそれを解決しやすい環境を作る(=敬意を持って接する・わかりやすい説明をする・知ったかぶりをしない)。
そして専門家のほうも、問題の解決に注力する。ここにあるのは基本的には対等な関係で、どちらかが上だったり下だったりするわけがないと私は思います。
給料が安いことが大きい原因になっているなら、それはもう給料の良いところに転職する以外にないんじゃないかと思います。スレ主さんの投稿には「自分より豊かな人への強い嫉妬」が感じられるのですが、この感覚は私にはわかりません。私は裕福ではないですが、自分より裕福な人に対して「なんで俺より裕福なんだコノヤロー」と思うことがありません。
自転車ショップの賃金が高いか安いか私は全然知りませんが(米国では最低賃金レベルではあるようです)、もし安いのだとしたら、そして自分がその給料では満足できず不幸になっているなら、他の仕事をする以外に正解はないのではないでしょうか。また、コメントにもあったように、自分の好きな仕事であれば給料を重視しないという考え方も大切だと思います。