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Fred(フレッド)とは何者か? 英語圏のロードサイクリング界隈で使われるジャーゴンについて考察する【自転車と本当の自由】

今日は小難しい社会考察的な記事です。ご興味のない方はトップページから他の楽しい記事を探していただけると幸いです。

英語圏の自転車掲示板やメディアでのコメントを眺めていると”Fred”(フレッド)という名前をよく目にします。一定の特徴を持つサイクリストを架空の人物に仕立て「フレッドのくせに」などと蔑んだり、見下すような感じでよく使われます。しかしこの「フレッド」という言葉の使われ方を観察していると、定義が一様でなく、多層的な意味を持っていることがうかがえます。

“Fred”のネットミーム素材としてよく使用されるサイクリスト男性の画像 Photo by Hustvedt, Wikipedia

上の写真は「フレッド」と呼ばれるタイプの人としてネットミームでよく使われる一例です。競技系ロードサイクリストの視点では、顎髭はエアロ面で効率的ではなく(最近はクイン・シモンズなどプロサイクリストでも顎髭を生やすことがあるので事情は変わってきてはいる)、贅肉は多く、脛毛も剃っていない。それでいてレーシーなビブを着ている。

しかしこの「フレッド」さんは、実は自転車世界の救世主なのかもしれない。そんな話題です。

参考 Fred (bicycling) | BikeParts Wiki | Fandom
参考 Definition of a Fred

2人のフレッド

Type 1 Fred

「フレッド」には大きく2つの意味があるように思えます。まず典型的な例がこちら。

「フレッド」とは「シリアスな」ロードサイクリストが、服装や機材がまじめなロードサイクリストの規範に従っていない、彼らにとってはアマチュア(素人)っぽく見える他のサイクリストを表現するために使う軽蔑的な用語である。この用語は一般的に男性に対してのみ使われ、数少ない女性版「フレッド」は時に「ドリス(Doris)」と呼ばれる。

このタイプの「フレッド」は、短パンやTシャツ姿だったり、安物のウェアを着ていたり、バーエンドミラーやカゴやキックスタンドの付いた実用性の高い自転車に乗っていることもあります。「シリアスな」ロードサイクリストは、彼らを異質な存在として受け止めます(そういう文化が欧米にあります。そして日本にもあると思います)。これを「Type 1 Fred」としておきましょう。

Type 2 Fred

一方で「フレッド」には別のイメージもあります。立派で高価なウェアを着ている。プロサイクリングチームのレプリカジャージだったりする。バイクも非常に高価なフラッグシップモデルだったりする。しかしサイクリング経験は少なく、ビンディングペダルから足を外せずに立ちゴケしたり、お腹が出ていたりする。実力とは不釣り合いなウェアや装備である。

こういう人も「フレッド」と呼ばれ、「シリアスな」サイクリストの嘲笑の的になることがあります。これを「Type 2 Fred」としておきましょう。

アイデンティティへの脅威と嫉妬

ここで「Type 1 Fred」について振り返ってみましょう。「Type 1 Fred」は、自分が所属するコミュニティ(この場合は競技志向の強いロードサイクリング界の一部)の規範(norms)や価値観から外れているサイクリストに対する軽蔑表現でした。

「Type 1 Fred」は、彼らの価値観・アイデンティティを脅かす。「ロードバイクはこうあるべきだ。自転車はこうあるべきだ。ローディーかくあるべし。」という「あるべき論」を信奉し、それに心理的に依拠している人が「フレッドめ。フレッドが。フレッドのくせに。」という表現をしてしまう。

ひるがえって「Type 2 Fred」はどうでしょうか。立派なジャージを着ている。立派なロードバイクに乗っている。高性能カーボンホイール、最新のGarmin Edge 1040を装備している。「シリアスな」ロードサイクリストから見ると、彼らの規範・価値観・アイデンティティに沿っています。

しかしその人に充分な脚力がなかったり、あるいはお腹が大きく出ていたりすると、ここでも彼らは「フレッド」と呼ばれることがあるのです。この場合は、自分の信仰やアイデンティティに対する脅威としてではなく、嫉妬の感情がベースにあることが多いように思われます(俺より遅いのに俺よりいいバイクに乗りやがって、うわべだけのニワカめ、となる)。

しかしこの「Type 2 Fred」本人の気持ちを考えてみましょう。テレビで見たツール・ド・フランスのダイジェスト版に感動し、自分もあんなふうに速く走りたい、頑張って坂を登って達成感を得たい、みんなと仲良く走りたい、健康になりたい、自由になりたい、という、スポーツ自転車をはじめた時に誰しもが持っていたであろう罪のないピュアな動機があったのではないでしょうか。

さらにここで不思議なことが起こります。「Type 2 Fred」として蔑まれた人が、今度は「Type 1 Fred」をバカにしはじめることもあるのです。これは「いじめられた人が今度は他の誰かをいじめる」という社会の縮図になっているように見えます。

Type 3 Fredへ

しかし、フレッドは悪くない。フレッドには未来がある。そんな方向性の意見があります。

私はもっと話を進め、「フレッド」とは見た目がどんなであろうとも、他人にどう思われようとも、自分の経験を強化してくれるものならどんなウェアでも着て、どんな機材でも使う人のことである、と定義したい。心の中に「フレッド」を持て!

I’d go further and say a Fred is someone who will wear whatever, equip whatever will enhance their experience no matter what it looks like or what other people think. Own your inner Fred!

これを「Type 3 Fred」としましょう。私はこのフレッドさんが好きです。目的は自転車を楽しむことだ。他人に認められることではない。自分にとって快適なら、短パンでもビブでも好きなものを選ぶ。自分にとっての正解を知っているのは自分だけである。キックスタンド付きの自転車に高価なカーボンディープリムを履かせたっていい。脛毛が生えてたっていいじゃないか。

Fredさんは自由なサイクリストの象徴して生まれ変わるかもしれない Photo by Hustvedt, Wikipedia

見た目はちぐはぐかもしれない。しかしこの「Type 3 Fred」さんは、誰かをフレッドと呼んだりしないし、コミュニティにおける同調圧力からも自由な、幸せなサイクリストではないかと思います。海外のインターネット空間では、この「Type 3 Fred」的な価値観を再評価する意見が少しづつ散見されるようになってきました。Xbikingの人気も、それと関連があるように思います。

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こうした話は自転車の世界に限ったことではないでしょう。また(特にアメリカの)クルマ社会から見ればサイクリスト全体が「フレッド」のように見えることでしょう。

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クルマ社会を糾弾するサイクリストが、同じ仲間のサイクリストに対して「フレッド攻撃」をしているのは少し皮肉な話です。

著者
マスター

2007年開設の自転車レビューサイトCBNのウェブマスターとして累計22,000件のユーザー投稿に目を通す。CBN Blogの企画立案・編集・校正を担当するかたわら日々のニュース・製品レビュー・エディトリアル記事を執筆。シングルスピード・グラベルロード・ブロンプトン・エアロロード・クロモリロードに乗る雑食系自転車乗り。

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