毎年アメリカ・カンザス州エンポリア近郊で開催されている世界で最も有名なグラベルレース「Dirty Kanza」(ダーティ・カンザ。今年は新型コロナウィルスの影響で中止)の名称が、来年から「Unbound Gravel」に変更されることになりました。一体なぜでしょう?
2つの”Dirty”
「Dirty Kanza」の「Kanza」の名称は勿論カンザスに由来していますが、そのカンザスとは先住民族(インディアン)カンサ族(英語では「コー族 Kaw Nation」とも呼ぶ)に由来しています(このカンサ族の人々は過去に強制移住させられ、現在大部分がオクラホマ在住です)。
するとダーティ・カンザという名称には、舗装されていないダーティなカンザスをグラベルバイクでガンガン走ろうぜ! という意味が込められていたとしても、「汚ない先住民」というアメリカ・インディアンへの偏見がゼロとは言えないのではないか、という議論がだいぶから存在していました。
昨今の北米での”Black Lives Matter”運動の流れで、アフリカン・アメリカンはもとより、アメリカ先住民の人々への偏見と差別を助長しないようにと、アメリカでは様々な物事の名称が次々と変わってきています。
有名な例ではアメリカンフットボールの”Washington Redskins”やアイスクリームの”Eskimo Pie”が、自転車ブランドでは”Ocoee Bikes”が”Obed Bikes”に変わったりしています(Ocoeeという言葉は1920年にフロリダ州オコイーで発生した黒人の虐殺事件を連想させたため)。
こうした流れの中では、ダーティ・カンザの改名は、最初の命名者に悪意はなかったとしてもやむを得ないものなのかもしれません。
2つの”Unbound”
そして新しいイベント名は”Garmin Unbound Gravel(ガーミン・アンバウンド・グラベル)”となりました。Garminは冠スポンサーを継続。
“Unbound”とは、「縛れられていない・束縛されていない・解放された」という意味です。
Dirty Kanzaの”Dirty”はダブルミーニングに捉えられましたが、この”Unbound”は良い意味でわざとダブルミーニングにしたのではないかと思えます。
牛やバイソンが放たれている広大なカンザスの空間で、踏み固められていない道を、心を自由にして走るグラベルバイクのレース。そこには同時に、過去に自由を奪われた人たちへの和解のメッセージも込められているに違いありません。
この”Unbound Gravel”という言葉をはじめて見たときは、地名がないぶん無味乾燥に感じたのですが、なぜこの名称になったのだろうと考えると関係者の人々の努力が見えてくる感じで、今ではこれでいいんじゃないかという気もします。
でもKanzaという言葉がないのはやっぱり寂しいですね。Unbound Kanzaとかではダメだったのでしょうか。当然Kanzaという言葉を残す案も検討されたはずですが、残らなかったということはやはり理由があったのでしょう。