本記事では「ディングルスピード」(dinglespeed)の魅力に取り憑かれた筆者が、シングルスピードバイクのこの風変わりな様態とカスタマイズ方法について豊富な写真とともに詳しく解説していきます。ディングルスピードとは。その魅力とは。ディングルスピード化の方法は。それらすべての疑問にお答えします。
ディングルスピードとは
ディングルスピード、と聞いてすぐにイメージが思い浮かぶ人は少ないでしょう。言葉の正しい意味はよく分かりませんがマニアックな無変速自転車乗りが創った「ダブルなシングルスピード」(double singlespeed)という感じの造語ではないかと思います。(これについては後述したいと思います。)
機能的な説明として、例えば「変速器が無いというシングルスピードの最大の味わいを捨てずに、移動と山野という二種のフィールドに対応したい」という要求から「シングルスピードバイクにギヤを一枚だけ足す」という最低限の手を加えたものだ、というのはどうでしょうか?
変速器の付いていない自転車に乗っている方には共感出来る所があるかと思います。
シングルスピードレースの練習のために移動を考慮してディングルスピードにする事もあるでしょうし、一台のシングルスピードバイクで一日遊び倒したいという時もあるかもしれません。
ディングルスピードの魅力
しかし、機能の説明としては良いのですが、実のところディングルスピードに乗り続ける理由としては完全では無いのです。
「シングルスピードにギヤを一枚足す」
あまりにも安直な発想でありいとも簡単に完成しそうな気がします。
「なんだそれくらい」「まあ、それならすぐにやってみよう」という気になりますがこれが実に奥深いのです…
自転車いじりの好きな人にはたぶん分かっていただけると思いますが、現実的な要求から安易に発想された「ギヤを一枚足す」という「簡単そうな手段」に着手した時から、手間と効果が釣り合わない状態、言葉を変えれば理想と現実が一致しないジレンマに陥るのです。
そこで投げ出すかあるいは妥協と希望を織り交ぜながら乗り続けるか、またはその両方を行ったり来たりするのか…
ここのところがディングルスピードが広まりもせずかと言って消え去ったりもしない、マニアックな存在のまま生き続けている大きな理由の一つだと思うのですがお分かりいただけたでしょうか?
面倒なテンショナーは使いたくない、ブレーキの調整はしたくないのでリアセンターの変化は避けたい、最適なギヤ比を得るにはどうセッティングしたら良いのか?タイムロス少なくギヤの切り替えをするにはどうしたら良いのか?エンドは?ハブは? 等々といつの間にか走破するだけではなく「今日のコースに対しては上手く二枚の運用が出来た」事に喜びを感じるようになります。
またルックスに関して個人的な思いを言うと、何を言っているのかわからないと思いますが「刀の二本差し」みたいなかっこよさがあると思っています。
ワイヤーやディレイラーといった頼りなげなメカに頼らない硬派な趣でマルチな行動範囲の住人である事を匂わす二枚歯の面構えです。
この共感を得ることが難しい自己満足性と、多段ギヤと比較した際の実用性の低さとが、一般はおろかシングルスピードバイカーにさえも認知されず流行らない原因であると思います。
マニアックさはパーツの需要を生み出しますのでリアホイールに装着するギヤ(コグ)についてはハードユースなバイクパーツのメーカーから少数ですが市販されています。
ただ、ディングルスピード完成車が発売されることは過去にも無かったしたぶんこれからもないでしょう…
ディングルスピードにするには
では、ディングルスピードに興味を持っていただいた人のために僅かばかりの経験を元にパーツについてお話したいと思います。
基本的にシングルスピードにギヤを一枚足しただけですので、クランクのチェーンリングを二枚にし、リアホイールのコグを二枚にするだけで出来上がりです。
シングル用クランクを使う場合は大きめのインナーを足してもチェーンステーに接触しない事が求められます。
フロントチェーンリングの選択は、ベースとなるシングルスピードのチェーンリングと同じような厚みの2〜4歯少ないインナーを足すという考えで良いかと思います(フロントチェーンリングとリアコグの歯数については後述で説明させていただきます)。
一例として私の場合ですが、厚歯のSURLY STEAMROLLERには厚歯のインナーを付け、薄歯のCROSS-CHECKには薄歯のインナー、薄歯のナローワイドを使っていたMTBには同じく薄歯ナローワイドのチェーンリングをインナーとして付けています。
次にリアのコグについては、リアホイールのハブによって対応するコグが変わりますのでまず使用するホイールのハブを確認することが必要です。
シマノフリーであればたくさんのパーツがありますので選ぶ楽しみさえありますが、カンパフリーだとカセットスプロケットをバラして使うかMICHEの単体スプロケットを使用するという具合に選択肢の幅が狭くなります。
ピストホイールの場合、ロックリングが使用できるトラックコグ用なのかフリーコグしか使えないフリー専用なのかで使用できるコグが変わります。
大抵のピストホイールは片方がトラック用で反対側はフリー用となっているようですがまれに両側ともフリー用という残念なハブもありますし、本格派の両固定コグ用もあります。
フリーコグは固定用のトラックハブにも使用可能ですが固定コグはロックリングで固定できるトラック用のみ使用可能です。
時々「固定コグはハブのフリー側(ママチャリのハブと同じと思ってください)にも使用できる」という話も聞きますが、ネジ径のサイズが同じというだけの話で、逆ネジで固定するロックリングが無いとバックを踏むだけで緩んでしまいます。
最悪(クランクが緩んで抜け落ちるまで気づかない人も実際に居ることを考慮すべきです)脱落したコグとチェーンがリアホイールに絡まってロックしてしまう可能性を説明すべきだと思いますが。
ディングルスピードにするためのパーツ
フリーボディ用ギヤ(コグ)を使う場合
ではまず、シマノフリー等が使われているホイールをディングル化する場合はシングルスピードの場合と特に変わった事はありません、一枚足すだけです。
手持ちのカセットスプロケットをバラして好みの二枚を使う方法もあります。これはあまり費用をかけずにセッティングのお試しが出来ます。
シマノ9sカセットスプロケットから2枚使用しました。
チェーンテンショナーを使用して中川デュラオールに装着した状態です。
■パーツ例■
SURLYカセットコグ 13〜22tは基部に厚みが有るのでお勧めできますし、国内でも入手可能です。
SURLY CROSS-CHECKに装着した状態です。
ピストホイールの場合
ピストホイールのように一枚のコグを使うことを前提としているホイールには特別なパーツが必要となります。
ダブルフリーギヤ(フリーコグ)を使う場合はフリー側に装着します(固定側でもOK)。
■パーツ例■
WHITE INDUSTRIES dos eno ダブルフリー16/18t、17/19t、20/22t は国内でも入手可能です。
固定ディングルコグを使う場合はロックリングで固定可能なトラックハブに装着できます。
■パーツ例■
SURLY Dingle Fixed Gear Cog 17/19t、17/20t、17/21t は時々国内でも買えるようですが海外通販サイトでは常に入手可能です。
Fuji Feather cxに装着した状態です。
ピストホイールのように左右両側にコグが装着できる場合は左右に歯数の異なるコグを付けてギヤ比を変えることが出来ます。
片方は固定コグでもう片方はフリーコグといった具合にフリップフロップで使えますので、高価なディングルコグを使う必要がありません。フロントチェーンリングを二枚にするだけですし、一枚でもやろうと思えば出来ますね。この場合はディングルスピードというよりシングルスピードなのですが。
ロードバイクの様なロードエンドのフレームを使用する場合は「シングルスピードへの誘い 手持ちバイクからの改造方法と10のカスタマイズ例」が参考になるかと思います。
ギヤ変更時のチェーンの架け替え方法について
チェーンテンショナーを使うとホイールの脱着が不要なので手軽にチェーンの架け替えが出来ますが、チェーンが横移動した分だけテンションプーリーの位置を動かさないといけないので工具が必要になります。面倒なのでテンションプーリーをダブルで付けていた事があります。
実はチェーンの架け替えが一番楽でスピーディだったのはドロップエンドです。クイックリリースレバーを緩めてホイールを落とし、チェーンを架け替えて戻すだけですので、偏心ボトムブラケット等でチェーンテンションを決めておけば手間取ること無く素早く変更可能です。
次にはロードエンドとクイックリリースレバーの組み合わせです。ドロップエンドと違いチェーンテンションを調整する手間が増えますがハブ位置の調整ボルトがあれば簡単ですし、ギヤの歯数差を大きくしてもチェーンテンションが取れる事と、なによりボトムブラケットがそのまま使えるのでお手軽です。
トラックエンドの場合はハブ軸の固定がナット式のため工具が必要となり、更にチェーンテンションとタイヤの中心を同時に調整する手間が増えます。しかしながらメガネレンチでホイールを外している姿はとても様になるのでお気に入りのレンチを使いたくてウズウズするかもしれません。
また通な手法として、チェーンを「走行中には外れないが手で架け替えは可能な微妙なテンションに調整する」事も出来ますが、かなりタイトな調整になるので職人技を要するようです。
出先で厚歯チェーンリングとシングルチェーンに指を入れてしまった事がありますがとても痛いです!見るのが恐ろしい心境になります。指を予備チューブを包んでいたラップで包んでフレームに巻いていたビニールテープでぐるぐる巻きにして止血しました。
ああ、思い出すのさえも嫌です!
ディングルスピードギヤ比
シングルスピードの場合はネット上でもピストバイクショップ等の情報があるので参考にされるといいかもしれませんが、たいていはピストらしいギヤ比ということでギヤ比:3.0が男らしさの基準になっているようです。
ディングルスピードの場合は生息地域が山野寄りですので、所謂ピストスタイルのバイクとは異なり実用的な範囲が要求されます。一例ですがシングルやディングルスピードパーツを販売しているSURLYのブログでは、シングルスピードギヤ比について下記のように提案しています。
- 26インチホイール オフロード 2:1
- 700c オフロード 1.75:1
- 700c オンロード 2.3:1
ピストスタイルバイクの3.0:1に比べてかなり低いギヤ比ですが、ロードバイクのようなフロントインナー34Tに換算するとオンロードの2.3:1はカセットスプロケットの15T、オフロードの1.75:1は19T相当です。
こうしてみると山よりのギヤ比を得るために平地の速度を犠牲にしている事が分かりますね、ほんとディングルスピードは万能ではありません。しかも、多段変速に慣れた現代人にはあまりにもギヤ比の幅が狭すぎると感じるかもしれませんがあくまでもシングルスピードが基準です。
悩ましいギヤ比の組み合わせ
上記ギヤ比を参考とし700cホイールで組むとするとSURLY Dingle Fixed Gear Cogを使った場合、コグ17/21Tの時フロントチェーンリングは40/36Tとなります。
この場合のギヤ比は 40/17=2.35、36/21=1.71 という具合になります。
また、リアのコグはどれくらいの歯数差が適当かというと頻繁にギヤの変更が出来ないので一般的には2歯〜4歯差を基準にするといいような感じです。
前出のWHITE INDUSTRIES dos eno ダブルフリーは 16/18t、17/19t、20/22t と2歯差づつ違ってますし、SURLY Dingle Fixed Gear Cogの場合は 17/19t、17/20t、17/21t のように2,3,4歯差と間を開けています。
ちなみに私は 17/19 や 19/21 と2歯差で使っています。この歯数を決定する事が一番悩ましいところかもしれません。
2速の悩ましさです、ハイでも3sのママチャリにも抜かれかねないですし、ローは林道ですら勾配のきついところはお手上げかもしれません。どちらかを重要視して寄せれば反対側が役に立たなくなり、まさに帯に短し襷に長しの感があります。
しかし、あくまでもシングルスピードがベースですので多くを望んではなりません。不満を抱いた途端に1×11sをカートに入れてしまったなんて事になりかねないのです。
脱線しましたが、ここで大事なのは「チェーンを掛けた前後のギヤの歯数の和をハイロー共に同じにしておく」と言う事です。
上記の例で示すと 40+17=36+21 です。
その理由は「前後ギヤ歯数の和が同じであればリアセンターが変わらない」という事を利用してハイロー切り替え時のチェーンテンションを同じに出来る(実際は歯数に応じて多少変化しますが)事とリアセンターが変わらないのでブレーキの調整が必要ないという利点が有るからなのです。
と言ってもブレーキに関してリムブレーキは多少の差は許容範囲ですので±2tくらいは大丈夫です。ただディスクブレーキは使ったことがないのでよく分かりません。
厚歯か薄歯か?シングルチェーンか多段用チェーンか?
手前のSURLY STEAMROLLERは厚歯チェーンのシングルスピードでホイールの両側にコグが付いています、後方のSURLY CROSS−CHECKはナローチェーンの薄歯ディングルスピードです。
また上記のうちフリップフロップのような一部の例を除いて、リアをダブルコグにする正統なディングルスピードの場合は市販コグの都合上ナローチェーンを使用することになります。シングルスピードの持ち味には分厚いコグとシングルチェーンが関与していると言われる方も居りますので、薄歯多段チェーンへの抵抗がディングル化への障害となる場合もあるかもしれません。
しかし、多段用チェーン(ナローチェーン)はシングルチェーンより弱いのか?というと結局のところ物によりけりみたいなので通常脚力の我々には気にすることもないような気がします。
参考 SURLYブログ ワンスピード オフロード ドライブトレーン
シングルスピードとディングルスピードについて
ここで横道ですが、シングルスピード派の中では「シングルスピードはシングルスピードでないものと明確に異なるものである、つまりディングルスピードは3速、5速と同じように多段ギヤではないのか?」という考えがあります。
これについては「シングルスピードでもハブの両側に異なった歯数のコグを付け、入れ替えて使ったらそれはディングルスピードではないのか?」という微妙な問題も出てきます。
そこで「停止してチェーンを掛け替える必要のあるものは走行時の状態においてシングルスピードと見なす事も出来るだろう」という妥協案も提案されます。
ディングルスピードがダブルシングルスピードから変じたものという説はこの辺りに有る気がします。
参考 ディングルスピードやシングルスピードの定義について炎上 (英語)
私的ディングルスピードのシングルスピード的な使い方
さて最後に現在の私のSURLY STEAMROLLERの使い方です。
実は現地でギヤ比を変更しない使い方になっており、一台のフレームで舗装路用と砂利道用のホイール交換の時にギヤの変更を行っている状態です。
前出の「悩ましいギヤ比の組み合わせ」でご紹介したように私の場合2歯差なのでコグを切り替えなくてもどちらか不便な時にも我慢できるシングルスピードのようになっています。(ディングルスピードちゃうやんけ!とお叱りが入りそうですが…)
厚歯コグとチェーンリングにシングルチェーンを使い、走行としてはシングルスピードとして、タイヤとフィールドの選択に於いてはディングルスピードとしてます。
フロントチェーンリングは46-44の僅か2枚差ですがシングルスピードだと割り切れば舗装路も林道もそれぞれ遊べます。
フロントチェーンリングアウター位置です。
SURLY STEAMROLLER 舗装路仕様です。
フロントチェーンリングインナー位置です。
SURLY STEAMROLLER 砂利道林道仕様です。
いざ!悩ましきディングルスピードの世界へ!