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ヘルメットはサイクリストの「非人間化」に強い影響を与えるのか? オーストラリアでの調査で意外な結果が判明

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サイクリストの安全装備(服装)は、サイクリストの「非人間化(dehumanisation)」に影響を与えるのだろうか、という主旨のおもしろい研究結果を読んだのでご紹介します。「非人間化」とは、簡単にいえば「人を人として扱わなくなる」という意味です。

image: sciencedirect.com いちばん「人間的でない」のは誰ですか?

人間は人間的でないもの、生命がない存在に対して攻撃的な行動を取る傾向がある、という研究結果がそもそもあるようです。人間ふたりが向かいあっていたら、そう簡単に乱暴だったり失礼なことはできないのに、クルマはサイクリストに危険な幅寄せをできたりする。その時サイクリストは「非人間化されている」と言えます。あいつは知性も、感情も、尊厳もないロボットだ…

では何がサイクリストの「非人間化」に強い影響を与えるのか。この論文を書いた研究者は「ヘルメットで髪の毛や目が隠されることに原因があるのではないか」という仮説を立て、それを検証すべくアンケートを実施しました。安全面では重要なヘルメットが、もしかするとドライバーの危険運転を誘発しているのではないか…

執筆者はMark Limb(Queensland University of Technology), Sarah Collyer(Flinders University, Australia)氏。オーストラリアでの調査です。

出典 The effect of safety attire on perceptions of cyclist dehumanisation

反射ベスト=非人間的、の謎

以下、ソース元論文の概要です(長いのでハイライトのみ抄訳。興味のある方は是非原文もお読みください。調査・分析手法は専門的すぎるためこの記事では詳しく触れませんが、その限界も含めて紹介されています)。

  • サイクリスト特有の服装、特に顔や髪を隠すヘルメットが、サイクリスト的でない服装よりも「より人間的(human)でない」という印象を与えてしまうのかどうかを判別するためのアンケートを行った
  • 調査参加者には、10枚のサイクリストの写真をランダムに組み合わせた28ペアの2枚の写真を次々に提示し、どちらがより人間的でないかを5秒以内に選ばせた(二肢強制選択法)
  • 提示したサイクリストの写真は次のもの(男性と女性はすべて同一人物のモデルで、同じ姿勢で同じ自転車を手で持っている。この記事の冒頭の写真):
    1. ヘルメットをかぶっていないサイクリスト男性・女性
    2. ヘルメットをかぶっているサイクリスト男性・女性
    3. キャップをかぶったサイクリスト男性・女性
    4. 安全ベストを着たサイクリスト男性・女性
  • さらに将来的な研究の予備調査として、ライクラ・スタイル(ジャージ・レーパン・ヘルメット・サングラス姿のロード系サイクリスト)のパブリック・ドメイン写真2種も部分的に組み合わせ、反応データを取得した(提示数は限定的)
  • 調査完了者(n=563)のうち30%が、(そもそも)サイクリストは「完全に人間的(fully human)」(という尺度)よりも劣っている、と回答した
  • ヘルメットをかぶっているサイクリストは、ヘルメットをかぶっていないサイクリストに比べて「人間らしさ」がより劣っている(less human)存在として知覚された
  • 安全ベストを着用し、かつヘルメットをかぶっていないサイクリストは、最も人間的でない(least human)存在として知覚された
  • row(行)の服装のほうが、column(列)の服装に比べて「より人間的でない」と回答した人の数字になっている。例:キャップをかぶった女性(FemCap)とベストを着た女性(FemVest)の比較では、165人がキャップ女性を「より人間的でない」と回答し、398人がベスト女性を「より人間的でない」と回答した。キャップはヘルメットよりも「人間的」と知覚されているらしい傾向も見える
    image: sciencedirect.com

  • 非人間化(dehumanization)は、髪の毛や目が隠されることよりも、目に見える安全装備とより強い相関があることがわかった
  • 非人間化の知覚は、回答者の性別によって違いを見せた
  • 回答者の様々な属性のうち、回答内容に対し統計的に有意な関連のあったものは性別だった。女性・ノンバイナリー・サードジェンダーの回答者は、ベスト着用サイクリストをヘルメット着用サイクリストよりも「わずかに人間的でない(slightly less human)」と知覚する傾向があったのに対し、男性・性別未回答者はその2つのあいだに大きい違いを見出した(男性はリスク許容値が高いことと関係があるのかもしれない)
  • 回答者はオーストラリア在住だが、オーストラリアの代表的サンプルではない。回答者はどちらかというと男性が多く、収入がより高く、フルタイム従業員で、中年で、高学歴で、うち72%が週に1度は自転車に乗るサイクリストとなった(オーストラリア人口では12%となるのに対して)。オンラインで調査参加者を募集したため、サイクリストが自分に興味のあるテーマを選んだ結果と考えている(恣意的にこうしたサンプルを選んだわけではない)

まとめると、ヘルメットが「非人間化」に影響を与えるのは間違いない、ことはわかった。しかしモデルさんが着用しているキャップ(野球帽みたいな帽子)もヘルメットも、髪や顔の露出量は同じ。ということは、ヘルメットは「非人間化」と関係があるけれども、それは「髪や目、表情」が見えにくくなるから、ではないということになります。

さらに「安全ベスト(反射ベスト)」がサイクリストを最も「非人間的」に見せる、という意外な結果が得られてしまった。ベストを着たモデルさんは無帽・ヘルメットなしです。ここから導きうるのは、「安全のための装備が最も目立つ」サイクリストが「いちばん人間扱いされにくくなる」という仮説です。

だとするとサイクリストが安全のために着用しているヘルメットが、さらには反射ベストが、クルマのドライバーによる危険な運転、攻撃的な振る舞いを誘発しているかもしれない、という皮肉な結果となります。

ただ、この調査にはいくつもの「但し書き」があります。まずオーストラリアでの調査であり、サンプルも偏っているため他国でも調査したほうが良いこと。ライクラ・サイクリストの知覚についてはもっと詳しい調査が必要であること。ヘルメット+ベストなどの組み合わせも調査したほうが良いこと(この調査ではスコープ外)。二肢強制選択法という調査手法自体も、「どちらがより人間的でないか」とは違う理由で写真を選択する人が出るので、限界があること、等々です。

またこれはあくまでサイクリストの安全を考えていくための大きい研究のための予備調査なので、この調査結果をもとに「ヘルメットは危険だ!」というような安易な結論に至ってはいけないことも注記されています。

しかしこの調査結果をもとに考えるなら、一見するとヘルメットには見えないけれど防護性能がちゃんとあるヘルメット、ベストっぽくないけれどちゃんと光を反射するウェア、が良いのだろうか、とも考えてしまいますね。ただし、やはり日本で同じようなアンケートを実施するとまた違う結果になる可能性も結構ありそうです。

またこの論文では”Othering”という概念も引き合いに出されています。”Othering”は直訳すると「他者化」で、相手を「自分とは違う考え・価値観を持つ集団に属する人」と決めつけるような心理。そしてその「集団」がネガティブな印象を持たれていた場合、そこに属しそうな人は誰でも悪印象を持たれる。クルマのドライバーが普段から「スポーツ系サイクリスト集団」を敵視していた場合、「それっぽい格好」をしていると「非人間化する知覚」が発動する、という仮説です。

めちゃくちゃ乱暴に言うなら、いわば「ガチ」に見えるほど危険度が増すのだろうか、と思ったりもしましたが、まだまだよくわからないところのある調査結果なので、あくまでご参考程度に。経験的には、反射ベストを着ていたほうがクルマがより距離を取ってくれるようになる、という意見もよく聞きます。

▼ こういう「ゆる系」のウェアのほうがより人間的に扱われるのだろうか…

著者
マスター

2007年開設の自転車レビューサイトCBNのウェブマスターとして累計22,000件のユーザー投稿に目を通す。CBN Blogの企画立案・編集・校正を担当するかたわら日々のニュース・製品レビュー・エディトリアル記事を執筆。シングルスピード・グラベルロード・ブロンプトン・エアロロード・クロモリロードに乗る雑食系自転車乗り。

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