トゥ・クリップとジロ・デ・イタリア

先日Twitterでこんなコメントを拝見しました。「トゥ・クリップ」という言葉があるが、正しくは「トー・クリップ」ではないか、と。

トゥクリップとペタルの件

トゥクリップと

確かに英語の「Toe」の発音は「トー」が近く、日本語的な「トゥ」という発音は、英語圏では「Toe」を意味するものとしては通用しません。

ここには難しい問題があると思います。教育的には、子供たちがこれから「通じる英語」を習得していくにあたってこういう「誤表記」は障害になる。故に修正していかなければならない、という意見が一方ではあります。

もう一方でこの「トゥ・クリップ」という表記、あるいは発音がすでに日本のサイクリング界で定着しており、もはや一種の和製英語として慣用化しているという現実です。

正確性という意味では、そして教育的な意味では「トー・クリップ」を推進するのは正しい。しかし既に日本社会に(社会っていうのは大袈裟ですが)根付いている「トゥ・クリップ」という表現は、消え去るべきものなのか。

ここでMKSという日本を代表する自転車パーツメーカーの”Toe Clip”のページを見てみましょう。

参考 トゥクリップのメリット

こんなことが書いてあります。

トゥクリップとストラップを合わせて使用することにより「引き足」を使えるようになり、スムーズなペダリングを手助けします。

「トー・クリップ」ではなく「トゥ・クリップ」と書いてあります。

では権威あるMKSがそう書いているのだからその通りでいいのだ、と言いたいかというと、そういうことではありません。

なんというか、ここにはひとつの伝統というか歴史のようなものがあり、これが何らかのムーブメントで「トー・クリップ」になってしまったら、若干寂しい感じもするのです(競輪の歴史とかいろいろありそうじゃないですか)。

ちなみにMKSのホームページには(あえて「ウェブサイト」ではなく「ホームページ」とします)現在「自転車ペダルの三ヶ島製作所」とあります。

でもメニューには「MKSペタルニュース」とあります。

これはご存知の方も多いと思いますが、三ヶ島の”pedal”はずっと「ペタル」という表記だったのです。

英語圏で「ペタル」と発音したら、それは「花弁」という意味(petal)になってしまうので、表記的には誤りです。

でも、これはもう「ペタル」のままでいいんじゃないか。と今ではそう思います(あくまで個人的な感想です。かといって変わっても別に反対ではない)。

昔は違いました。20代の頃の自分だったら「いやそれ間違いでしょう、ペタルじゃなくて、ペダルです」という態度だったと思います。でも現在の自分は、その頃と考え方がちょっと変わりました。

「ペタル」でもいいんじゃないの、いやむしろ「ペタル」がいい。そんなふうに思うようになったのです。

ジロ・デ・イタリアとジロ・ディタリア

ステルヴィオ峠

Passo dello Stelvio, Sudtirolo © Marco Mayer licence

こういう「なんでこんな読み仮名を振ったんだ、おかしいじゃないか」と疑問視されている外国語由来の単語は山ほどあるのですが、自転車の世界でもうひとつ有名な例を挙げると「ジロ・デ・イタリア」があります。

イタリア語で”Giro d’Italia”。この”d'”の部分はもともと英語の”of”に相当する”di”です。しかしイタリア語では次に母音が来る時はこの”di”を”d'”にするという文法上の約束事があります。

つまり贔屓目に考えても「ジロ・デ・イタリア」の「デ」はどこからも出てきません。イタリア語の発音としてはかなり不正確なだけでなく、エリジオーネという文法規則を否定するかのような読み仮名なので、恐らくイタリアの方やイタリア語教育に携わる方には許容できないものでしょう。

と思って調べてみたら、やはりこれはいかん、というイタリアの方の文章を発見しました。

参考 実は間違っている“日本のイタリア語” 海を越えて独り歩きする言葉たち

さてこの「ジロ・デ・イタリア問題」について私個人がどう思っているかというと、これはやはり相当おかしいと思いますw

えっ「トゥ・クリップ」や「ペタル」は認めるのに「ジロ・デ・イタリア」はダメだなんてダブルスタンダードじゃないのか、と言われそうです。

はい、たぶんダブルスタンダードなんだと思います。

ただどうもうまく説明できないのですが、自分の中で「トゥ・クリップ」や「ペタル」はOK、でも「ジロ・デ・イタリア」はあんまり良くない、という正直な気持ちがあるのです。

それらはなんとなく同じ現象ではないような気がしているのです。ただ、どう違うのかはうまく説明できません(精密に書こうとすると2万文字くらいになってなおかつ需要がまったくない記事になりそうです)。

さて、では「ジロ・デ・イタリア」という言い方なんかダメだ、これからはより現地発音に近い「ジロ・ディタリア」にすべきなんだ、と個人的に憤っているかというと、そうではありません。

これについても若い時の自分だったら「おかしいだろ!」と憤っていたと思うのですが、いまはそういう気持ちはありません。

なぜかというと、もう諦めているからです。

「ジロ・デ・イタリア」という表記は、今後もきっと変わらない。栗村修さんや辻啓さんや中野喜文さんといった大御所のレース解説者が一気に「ジロ・ディタリア」を推奨しはじめたとしたら別ですが、たぶん今後もずっと変わらないでしょう。

なぜかというと、その理由の一つに「ジロ・デ・イタリア」という言葉がパワーワードだから、というのがあります。

「ジロ・デ・イタリア」と「ジロ・ディタリア」の両方をGoogleで検索してみましょう。どちらがどのくらいヒットするでしょうか。

  • ジロ・デ・イタリア: 約 2,070,000 件
  • ジロ・ディタリア: 約 8,420 件

検索流入を重要視する商業メディアがどちらを用いるか、答えは明白です。

ただ教育的な立場にある人、特にイタリアと関係の深い方は、こういうものにはやはりある種の憤りを覚えるでしょう。

ちなみに外国ではどうか。”Giro d’Italia”はどのように呼ばれているのか。アメリカでは、ロードレースも外国語も知らない人ならこれを「ジャイロ・ディタリア」と読むことが多いと思います。

“Gi-“を「ジ」と読む習慣があまりないからです。”Gi-“ではじまる言葉は、米語では人名でもない限りまず「ジャイ…」と発音されます(例外は勿論たくさんあります。例:「キリン」のGiraffe)

たぶん在米イタリア人の方は「ジロ・デ・イタリア」同様に「ジャイロ・ディタリア」にも困っているのかもしれません。

この話のオチは

アランベール

Le secteur pavé de la trouée d’Arenberg dans la course cycliste Paris-Roubaix (© Jack Thurston, license)

この話にオチはありません。

じゃあどんなところが落とし所なんだろう、一体どんな感じが理想的なんだろう、と考えてみたのですが、どうも何が理想的なのか答えが出てきませんでした。

もうペタルでもペダルでもトゥーでもトーでもいい。ジロ・デ・イタリアでもツール・ディ・フランスでもなんでもいい。

…というと投げやりですが、こういう言葉の定着には個々人の力を超えた何かものすごい大きい力が働いているので、もう変わらないだろう、という諦めがあります。

それに正確性を期すとなると際限がないというのもあります。「ツール・ド・フランス」より「トゥール・ドゥ・フロンス」のほうが近いだろう、という意見が出てきかねません。

ただ先日のパリ〜ルーベ2019の中継をJSPORTSで眺めていたら、有名な石畳区間”Trouée d’Arenberg”が「アランベール」と呼ばれていることが多く、「あれ」と思いました。

というのも、過去の中継では「アーレンベルグ」と呼ばれていたことが多かった記憶があるからです。ただフランス語読みとしては「アランベール」のほうが正しいわけで(もともとはドイツ語圏でゲルマン語由来の地名なので「アーレンベルク」と呼ばれる理由はある)、こんなふうに主流の読み方が変わることもあるのか、と少し驚きました。

では「ジロ・デ・イタリア」がいつか「ジロ・ディタリア」になる日は来るのか…

そんなことどうでもいいだろう、と思っている方のほうがきっと多いでしょう。

だから、これはきっと変わりません。そして、それは良くも悪くも、日本的な文化なのだろうという気がします。

追記:ジャイアントとジェアントゥ

GIANT 捷安特

この記事を書き終えてから思い出したことがあります。あれは私がはじめて台湾に行った時のことでした。

台北の自転車屋めぐりをしていたのですが、ジャイアント直営のショップに行きたいと思ったのです。

そこでとある自転車店のお兄さんに「ジャイアントのショップはどこにありますか」と聞きました。当時は中国語を学ぶ前だったので、英語で聞きました。

しかし”Giant”のつもりで発音した「ジャイアント」がまったく通じません。店員さんは目を細め、眉間に皺を寄せ、

ジャイアント? ジャイアント… what !?

そこで店員さんが持ってきてくれた1枚のメモ用紙に私は書きました。Giant, と。

それを見た店員さんは

おお…おおぅ… ジェアントゥー…!! (捷安特)

とため息をつくように大きい声で漏らしました。そしてついに言葉の壁を超えて理解しあった2人は熱い抱擁を交わしながら涙を流したのだった…(©momochi_gyugund先生)。