皆様こんにちは。工学部出身サイクリストのkazaneです。
私も皆様もサイクリストである限りペダリングスキル向上のヒントを探しながら自転車に乗っています。何故なら我々サイクリストが自転車のエンジンだからです。
一方で、自動車や自動二輪車の動力を発生している最もメジャーな動力機関は化石燃料を用いたエンジンです。エンジンと言っても形式は様々ですが、最も普及しているピストンの往復運動をクランクの回転運動に変換し動力を取り出す”レシプロエンジン”は自転車のペダリングと動作がほぼ同じと言っても差し支えありません。
200年以上の歴史を持つこの動力機関は誕生から現代に至るまで”高効率”を求め日々研究が続けられてきており、現在もメーカーや研究機関、或いはチューナーや個人のガレージで研究が続いています。
であれば、自転車に乗って自分の脚でエンジンごっこすれば効率が良くなってその分速くなんじゃね?(・∀・)
という短絡的な発想の元、レシプロエンジンの制御をペダリングへ応用しようと試みたお話です。
レシプロエンジンの仕組み ~基礎編~
前置き
※エンジンの仕組みを知っている方はこの章を読み飛ばして頂いてOKです。
ペダリングに応用するエンジンは、レシプロエンジンであれば 2ストローク(2st)でも4ストローク(4st)でも、ガソリンでもディーゼルでもOK。
今回は仕組みが単純で各行程がキッチリ分かれている単気筒4stガソリンエンジンを例に挙げたいと思います。
最近流行りの直噴とかリーンバーンとかナントカサイクルは一切なしのシンプルな内容で行きます。
各行程の説明
まずはめっちゃ簡単に説明しますね。
気行程
便宜上ピストンが一番上にある状態から説明をスタートします。
上死点(※1)からクランクシャフトが時計回りに回っていくと、ピストンがコンロッドを介してクランクに引っ張られて下へ移動します。
ピストンが下へ移動中は吸気バルブが開いており、ここから空気と霧状の燃料が混ざったもの(混合気と言う)を吸い込みます。
※1:自転車もエンジンも、クランク上端と下端をそれぞれ上死点下死点と表現します。意味は全く同じです。また、回転角○度の位置とか時計の文字盤に例えて○時の位置という表現も共通です。
圧縮行程
クランクシャフトは更に時計回りに回って下死点(※1)を過ぎ、ピストンが上昇を開始すると同時に吸気バルブが閉じます。
燃焼室内の混合気は行き場を無くして圧縮されます。
何故圧縮するかというと、混合気を圧縮した状態で燃焼させると爆発力が増すからです。
燃焼行程
クランクシャフトが上死点に達したら、点火プラグに青白い電気のスパークが飛び混合気に点火します。
圧縮された混合気が爆発し急激に内部の温度と圧力が増加。
この力がピストンを下方向へ押し、クランクシャフトを下死点まで回します。
これがエンジンのパワーの源です。
他の行程ではエンジンは惰力で回ってるだけです。
排気行程
ピストンが一番下まで達したら排気バルブが開きます。
クランクシャフトは惰力で時計回りに回り続け、ピストンが再び上に移動して排気ガスを押し出します。
んで、最初の気行程に戻る。
4サイクルエンジンはこんな行程を延々繰り返しながら回っています。
エンジン内部の動きのイメージが湧かない方はYou Tube等の動画をご覧ください。
Wiki先生のGIF動画を交えた説明も分かりやすいかと思います。(最後は丸投げw)
レシプロエンジンの仕組み ~ちょっと詳しく~
前置き
さて、大まかなエンジンの仕組みをご理解頂けたところでもう一歩踏み込んだエンジンの制御の話をしたいと思います。
ここがペダリングへ応用する肝の技術。皆様もう予想は付いているかと思いますが、燃焼と排気の行程をペダリングに応用します。
さて、1章ではより分かりやすく説明する為に
- ピストンが上死点に来た瞬間に点火
- ピストンが一番下に来たら排気バルブを開ける
- etc.
と思わせるように書きましたが、それは正確ではありません。厳密には、ピストンが上死点に到達する少し前に点火し、ピストンが下死点に達する前に排気バルブを開けます。
ちなみにですが、その他の行程でもバルブの開閉タイミングが少しずつずらしてあります。
そのような制御を行う理由について解説していきます。
点火タイミングの制御 ~火炎伝播について~
1章で書いた通り、ピストンが一番上に達した瞬間に混合気へ点火していると思われる方が大多数かと思いますが、実はピストンが上死点(0時)に達する少し手前で点火しています。
更に書くと、エンジン回転数が高い程早く点火し、回転数が低い程遅く点火します。また、低負荷時程早く点火し、高負荷時程遅く点火します。
何故そんな事をしているかというと、点火プラグによって混合気に点火した瞬間から燃焼室全体に火炎が行き渡るまでの
“火炎伝播”
に時間が掛かる為、それを見越して早めに点火しているためです。
混合気に点火してから上死点に達するまでの僅かな時間もピストンは上昇し続け炎は広がっていきます。そして、ピストンが上死点に達したタイミングと火炎伝播が完了したタイミングを一致させるイメージで点火時期を調整します。
早過ぎればピストンを逆方向へ押してしまいノッキングを発生、遅過ぎれば効率が下がります。遅くすると窒素酸化物の発生が減るので排ガスがキレイになる利点がありますが、自転車乗りに排ガス規制は無いので効率だけ追い求めましょう。(笑)
これが実際にエンジン内部で行われている点火制御の基本概要です。
点火タイミングの調整は最近の車であればECU(エンジンコントロールユニット)がクランクシャフトの角度を常に把握しつつ各種センサからの情報も加味して勝手に演算してやってくれます。
排気バルブの制御 ~ピストンの上昇を妨げない~
燃焼行程が進んでピストンが下がると排気バルブが開いて燃焼が終わったガスを排出する訳ですが、これも点火タイミングと同じく早めに開けて高圧の燃焼ガスをバシュッと排気管方向へ送り出します。
もし下死点で排気バルブを開き始めたとしても排気ガスはすぐに抜けず、ピストン上昇時に燃焼ガスの残圧でピストンを押してクランクシャフトの回転を邪魔してしまいます。
具体的にバルブが開くタイミングはざっくりですが、4~5時前後の範囲になります。
このタイミングも近年のエンジンは可変式が当り前で、
- 可変バルブタイミング(VVT、VVT-iなど)
- 可変バルブリフト(VTECなど)
- 1と2の合わせ技(i-VTECなど)
等々といった名前の機構で無段階変化させたり、ある回転数で別のカムにパチっと切り替えたりしています。これも点火時期同様、ECU等にプログラミングされたデータと各種センサからの情報に基づき調整されます。
ちなみに現代では吸気バルブも可変式がスタンダードとなっています。
スポーティ等という生易しいものではなく、ある回転数以上に達すると正真正銘のレース用エンジンと同じハイパワーハイレスポンス特性に切り替わる狂気のシステム。(絶賛)
甲高く澄んだエンジン音と鋭く立ち上がるパワーは非常に中毒性が高い。
レシプロエンジンペダリング
では話を自転車に戻します。
自転車のエンジンである人間には自動車と同様に、
- 脳(ECU)
- 神経(ハーネス)
- 筋肉(エンジン本体)
が備わっています。
“エンジンは生き物”とはよく言ったものですが、人間の仕組みや癖を細かく見ていっても類似点は多い。
例えば、エンジンに”火炎伝播のタイムラグ”が存在するのと同じく、脳から筋肉に指令を送ってから実際に筋肉が収縮して作用点に力が掛かるまでにはタイムラグが存在します。
そこで、脳から脚に「踏め!!」の指令を送るタイミングをクランク角11~12時の間ぐらいになるよう意識し、実際に筋肉が収縮して足の裏に圧力を感じ始めるのが12時ぐらいになるように調整します。これがレシプロエンジンペダリングの点火制御流用踏み込みテクニックです。
実際に脱力状態になるのが3時ぐらい。
となります。
引き脚はエンジンの排気バルブ制御のように引き脚(ピストン上昇)時にピストンの妨げにならない程度に圧を抜くのが基本。
引き脚を使うのであれば5時ぐらいの位置で脳から脚に「引け!!」の指令を送り、10時ぐらいで再び脱力指令を出します。
とにかく、タイムラグを見越して脚の筋肉に早めに指令を送るのが最大のミソです。
応用として、筋肉のタイムラグさえ把握してしまえば、
- ケイデンスが高い程「踏め!!」のタイミングを早める。(なんちゃって可変点火時期制御)
- ケイデンスが高い程脱力し終わる時間を早める。(なんちゃって可変排気バルブタイミング)
- 疲れてきたら少しポジションをずらして別の筋肉にスイッチ。(燃料マップ切替え)
- ダンシングして体重乗っけたらブーストが掛かる。(過給機)
- 脚への負担を減らすためにわざと点火時期のみを遅らせる。(異常燃焼防止と排ガスクリーン化制御)
というエンジンごっこが一通り出来てしまいます。
これがレシプロエンジンペダリング理論の基本概要です。
練習方法はローラ台で自分の脚の位置を目で見ながら行うのが確実かつ安全ですが、片脚ペダリングやタイミングを計りながら普通に乗るだけでも覚えられます。
最初は低ケイデンスかつ重めのギヤでガソリンエンジンのようにパン!!と点火爆発するイメージで瞬間的に踏んで即脱力するとタイミングを覚えやすいですが、反力から来る脚への負担が大きいのでタイミングを掴んだら徐々に力を抜いていってください。
レシプロエンジンから学ぶのは力の入出力のタイミング。力の掛け方までは真似する必要はありません。
効果の程はというと、私の場合は極端に速くはなってないのですが長距離で疲れにくくなったというか脚の持ちが良くなったというかそんな印象です。あとはクルマ好き・バイク好きがやると単純に楽しいってことぐらいかな。(笑)
他にもあったエンジンとペダリングの類似点
自転車教本を読むと
- ペダリングは骨で押す
- ペダリングは股関節の動きで行う
- アンクリング禁止
という教えを見かける事がありますが、人間の体にエンジンのパーツを当てはめると同じ答えに行きつきます。
まず、体のパーツをエンジンのパーツに置き換えると、
- ピストン(大腿骨周り)
- コンロッド(脛の辺り)
- クランク(=自転車のクランク)
となります。
正確には大腿骨周りの筋肉は燃焼ガスなのですが、ピストンは燃焼室からの爆発力を直接受けているのでここを力の発生源としましょう。
ピストンからの力をクランクへ伝えるコンロッドは、ぶっちゃけてしまうとただの棒です。
ただの棒はただの棒らしく余計な動きをしてはいけませんし、変形するのもNG。
なので、ピストン(膝)やクランクシャフト(足)の動きを邪魔しない様になるべく脱力します。
これは”骨で押す”というペダリング術と類似しています。
また、ただの棒はピストンからの力をどこかへ逃がしてはいけませんし、そもそもエンジン内部に人間の足首に当たる機構はありません。なので、アンクリングは禁止となります。
エンジンとペダリングの相違点
エンジンと自転車の大きな違いが1点。
それは、自動車のエンジンは車体に固定されていますが、自転車のエンジンである人間はある程度自由に動き回るという事です。これによって、自転車を基準として見た時の上死点下死点の位置が変わります。
例として、マイヨジョーヌを着用しツール総合優勝へ向かって個人TTを爆走中のブラッドリー・ウィギンス選手の雄姿を横から撮影した写真を見てみましょう。
クランク軸(BB)と乗り手の重心を結ぶ線は傾いています。
この線が上死点と下死点とクランク軸を結ぶ線です。
登坂でアタック中のM・パンターニ選手やクラウチングスタイルでダウンヒル中のクリストファー・フルーム選手だと線はもっと極端に前へ傾くでしょうし、平坦をポタリング中の一般サイクリストなら水平状態の自転車のクランク軸の真上かもう少し後ろぐらいにエンジンの重心が来ます。
このようにサイクリストから見た上死点下死点は常に移動するため自分の重心とクランク軸の位置関係を常に意識し、真の上死点と下死点を探りながら点火時期を探る必要があります。やるのは結構難しいですが、理屈が分かってしまえば出来るという方なら自分の目で確認しながら実践できると思います。
まとめ
要点を纏めます。
- レシプロエンジンと自転車のペダリングは非常によく似ている
- エンジン内部にも人間の筋肉にも動作信号を発してから実際に動くまでにタイムラグがある
- タイムラグを見越して動作信号を送るとエンジンもサイクリストのペダリングも効率UP
- よって、レシプロエンジンの制御概念は自転車のペダリングに転用可能
- エンジンごっこは楽しい
物の形状や仕組みを極めるとプロセスがどうであれ同じものに行き着く事があります。
その良い例が航空機でしょう。
今回、自動車工学系出身の私は自分にとって理解しやすい内燃機関を参考に自分がやりたいペダリングを考えましたが、結局のところクランク位置の写真を撮れば別のアプローチ方法で解説されたペダリング教本とほぼ同じ内容になると思います。
『自転車の良いところは、機材、筋力、ちょっとしたコツ、戦略、運、etc. 多彩な方法で速くなれる事だ。』
とはとある方のお言葉。
アプローチ方法なんて無限にあるのだ。
様々なジャンルの知識を持ったサイクリストが結集し、その知識を自転車界へと応用・転用・合体させ、自転車趣味をどんどん面白くしていきたいですね。