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よみもの

加速… その深遠な(?)世界

オレは満を持して、初めてクリテリウムのイベントに参加した。真っ平らな埠頭に設定された片道800mの折り返し周回コースを8周したのだ。

カテゴリー的には初心者の筈なのだが、何だか知らんけど皆、気合120%で本気モード。折り返し直後の加速がすごい。ここで車列が伸びるが、遅れを取らないように必死に食い下がり、車間が詰まったかと思うとそれは次の折り返しのための減速。そして、再び加速。

「だ、ダメだ、オレの加速パワー、全然足りてない・・・」

繰り返される折り返しの加速でオレはもう、、、死にそうだった。結局、5周回目あたりで何かが弾けたように千切れた。

・・・

加速といえば、2004年アテネ五輪で世界に名を轟かせた第1走者、KEIRINの長塚智広選手や、今シーズンのトラック・ワールドカップでチームスプリントの第1走者にも名を連ねるBMXライダー、長迫吉拓選手のスタートダッシュが思い出されます。

加速という行為は一体、何なのでしょう。何か特別な理由があって、負荷が一気に高まるのでしょうか?

「そんなこと、わかりきったことじゃないか!」

まあ、それはそうなんですが、そんな当たり前のことを、少し真面目に考えてみます。

加速・・・その深遠な(?)世界

乗り手のパワーのゆくえ

乗り手は、ペダルを通して自転車にパワーを与えています。この、乗り手が自転車に与えたパワーのゆくえは一体、何処なのでしょうか?

ひとつの例を挙げます。

平地無風の良路で、乗り手が車速ゼロから全力で加速して250mを一気に走り抜ける場合を考えます。つまり、トラック競技で今季、日本が驚異の急成長を見せているチームスプリントの第1走者のイメージですが、ここでの走りとしては、ごく平凡な(?)ホビーライダーのレベルを想定しています。

経過時間に対する速度プロフィールが次のグラフで、250mの距離を22.0秒で平凡に駆け抜けます。最高速度はゴール時点で53.659km/hです。時速36km/hを記録する時刻は図の赤線の交差点で6.21秒です。

一般的な(?)ホビーライダーの250mダッシュを想定した場合の車速-時間特性の事例

一般的な(?)ホビーライダーの250mダッシュを想定した場合の車速-時間特性の事例

リオデジャネイロ五輪当時の長迫吉拓選手の数値を引用して、乗り手の身長を172cm、体重は64kgとしてみました。また、体重とウエアと自転車と合わせて73.5kgの質量を想定しています。

タイヤの転がり抵抗係数は0.004、ギヤ比は3.571(50:14)、空力抵抗係数は0.70、前面投影面積はロードの一般的な場合から21%だけ小さく設定、ホイールの慣性モーメントは前後合わせて0.13kgm^2としたうえで計算しています。ロードの場合と比較して、速度が出やすい数値設定としています。

次の図表は、上のグラフのように加速している途上、車速が時速36km/h、つまり秒速10m/sを示す瞬間のマンパワーの行先の計算結果で、自転車のパワーバランスを示す、「パワーバランスグラフ」です。なお、道路勾配はゼロとしており、登坂抵抗がゼロとなりますので、登坂抵抗は計上していません。

この事例では、加速途上の時速36km/hを示す時点で乗り手が発生したパワー880.1Wが自転車に投入されるパワーのすべてです。というわけでパワー投入を示す左側の円はその100%が、マンパワーとなっています。右側の円は、投入されたパワーの運用先です。

一般的な(?)ホビーライダーの250mダッシュで時速36km/hを示す瞬間のパワーバランスグラフ

一般的な(?)ホビーライダーの250mダッシュで時速36km/hを示す瞬間のパワーバランスグラフ

36km/hという速度を通過する瞬間のパワー配分では、加速パワーの占める割合が実に80%以上を占め、そのおかげでマンパワーも880Wに達しています。一定速度で走っている場合であれば、加速ゼロですから、この加速パワーもゼロなわけです。頑張って加速するというのは、こんなにも大変なんです。

さて、このパワーバランスグラフの右側は、投入したマンパワー810.1Wの運用先で、5つの抵抗による消費パワーが計上されます。

この5つの抵抗というのは、

  1. ギヤ系駆動抵抗
  2. タイヤ転がり抵抗
  3. 空力抵抗
  4. 登坂抵抗
  5. 加速抵抗

です。今回は、登坂勾配がゼロですから、4番目の登坂抵抗は省略しています。

抵抗の科目は、細分化しようと思えば、いくらでも細分化できますが、自転車という乗り物のパワーバランスをわかりやすく理解するためには、まず、この5つに着目することが重要です。

さてさて、時速36km/hの定速走行のパワーバランスも気になりますよねぇ。確認してみましょう。こちらのマンパワーはたったの170.5Wです。トラック走行であることが手伝って結構小さなパワーです。加速抵抗がゼロになり、代わりに空力抵抗が75%以上を占めることになります。

トラックレーサーで時速36km/hの定速走行をした場合のパワーバランスグラフ

トラックレーサーで時速36km/hの定速走行をした場合のパワーバランスグラフ

・・・

まあしかし、加速中のある速度断面でのパワー配分といっても、何だかピンとこないですよねぇ。

「スタートした瞬間ってどうなってるんだ」

「加速っていうけど、加速度が最大になるのはいつなんだよ」

「長迫選手とオレの加速、どんだけ違うわけ?」

とかとか、気になります。追って考えることとしましょう。

質量と重さ

「体重が65kgf」みたいな言い方、することありますよねぇ。回りくどい言い方をすると、「質量mが65kgの人が地球上で体重を計ると65kgfですヨ」という感じです。体重は、人の身体の「重さ」であり、「重さ」は「力」(蚊じゃなくてちから)です。

この65kgfの 「 f 」 が何かといえばforce(ちから)のfです。地球上での重力加速度gと同じものだと思って結構で、そのgは

g = 9.80665 m/s^2 (桁数が大きくてスミマセン)

です。つまり、体重の単位は

kgf = kg×m/s^2

となります。これは実は力の単位「N」(ニュートン)と同じになります。

つまり、地上にいる質量が65kgの人には、地球が真下方向に引っ張ることで、「体重」という「重さ」が発生し、それが65kgf 、単位をNとすれば、

65×9.80665 = 637.42575 N

です。ちなみに月面上では重力加速度が1.6249 m/s2で、地球上の1/6程度しかないという話はどこかで聞いたことがありますよねぇ。というわけで、地球上での体重65kgfの人が月に行くと、体重という名の力は、

65×1.6249 = 105.6185N

となります。地球上の体重表示で言えば、10.77kgf です。超軽量!

重力加速度の意味

重力加速度は、

g = 9.80665 m/s^2

でした。これに質量を掛けると地球上での真下方向の力になるというのはわかりますが、そもそも重力加速度にはどういう意味があるのでしょうか。

速度vが

v = 9.80665 m/s

の場合を考えてみます。時速に直すと35.30394 km/hです。この速度9.80655 m/s を、1秒、つまり1 s で割ってみましょう。すると、

v/1s = 9.80665 m/s / 1s = 9.80665 m/s/s = 9.80665 m/s^2

というわけで、重力加速度になりました。これは何を意味しているかといえば、

1秒間で、速度が最初の値から9.80665 m/s だけ増える、つまり「速度が加わる」

ことを意味しています。秒を追うごとに速度が増えるので、これを称して「加速度」。重力による加速度を「重力加速度」と呼び、値は 9.80665 m/s^2 だ、というわけです。高いところから砲丸を落とすと、1秒後には秒速9.80665 m/sに達する、ということになります。実際には空気抵抗がありますので、わずかに小さい値になるでしょうが。(危ないからヤラナイでね!)

で、この9.80665 m/s^2 という重力加速度の大きさ。これはものすごい大きさです。考えてみてください。たった1秒のスタートダッシュで、9.80665 m/s、つまり時速35.30394km/hに到達するなんて、自転車では全く不可能です。この巨大な重力加速度に抗うのが登坂走行です。

加速抵抗はどこからやってくるのか

電車が動き出すときには、速度が上昇します。つまり、「加速」するのですが、この時、立っている人はつり革などで体を支えたり、脚を踏ん張って体を支えたりします。この際、立っている人は進行方向の反対側に引っ張られる力を体感しています。自動車で急加速をした場合なども、シートに背中が押し付けられて、やはり進行方向と反対側に押し付けられる力を体感します。

この時に発生する力というのは、電車や自動車の速度が時間とともに上昇、つまり「加速」することにより発生しています。

先ほど、重力加速度という話がありましたが、登坂でエラく苦労するのは、この重力加速度が存在するからです。以前、cbnblogで扱っています。

登坂がきついのは、何で?
平坦で快適な道は、交差点を境にして5%の登坂に切り替わった。時速35キロで軽快に飛ばしていたオレのロードバイクの速度がどんどん落ちていく。 「うっ、なぜだ。どうして登坂に入るとこんなにも無常に、速度がどんどん落ちていくんだ?」 ...

登坂時の重力加速度は、真下方向に効く加速度でした。地球が真下に向かって自転車と乗り手を引っ張る力に抗って高度を上げていくときに、登坂抵抗が現れます。

一方、加速走行時の加速度は、進行方向に効く加速度です。そして、その力は真下ではなく、真後ろに向かって自転車と乗り手を引っ張るわけです。加速中は、「加速抵抗」が忽然と現れて自転車と乗り手に作用する、というわけです。

スタートの瞬間はどうなっているか

加速中は加速している、というのはわかりますが、スタートの瞬間はどうなっているんですかねぇ?

結論から申し上げますと、グイッとペダルを踏みこんだその瞬間から加速が始まっています。トラックのチームスプリントなどでは、スタート時の脚の位置は、効き脚の踏み込み力と引き脚の力の和が最大になるようなクランク位相角度に設定して、満身の力を込めてスタートしますから、スタート直後が最大加速度になると考えて差し支えないでしょう。

世界レベルのトラック選手の加速

世界レベルの加速といえば、世界で活躍するトラックのスプリント種目の選手の加速ですよねぇ。というわけで、2019-2020シーズンのトラック・ワールドカップ第5戦でチームスプリント第1走として登場し、見事に金メダル獲得に貢献した長迫選手に登場してもらいましょう。公式記録によれば、長迫選手の125m中間タイムと第1走250m完了タイムは次の通り。

  • 125 m 10.875 秒
  • 250 m 17.778 秒

これを満たすようなトルク-ケイデンス特性を設定し、計算してみました。速度プロフィールはこんな風であったのだろうと推測されます(推定ですヨ!)。125mを10.875秒、250mを17.778秒で駆け抜けます。最高速度は第1走完了の250m地点で66.703km/hで、ゴール地点でなお、加速途上です。なお、時速36km/hを記録する時刻は3.656 秒です。

2019-2020ワールドカップ第5戦の第1走、長迫選手の速度プロフィール推定結果(あくまでも推定)

2019-2020ワールドカップ第5戦の第1走、長迫選手の速度プロフィール推定結果(あくまでも推定)

上のグラフは速度の時間推移ですが、グラフの傾きは時刻ゼロで最大で、時間とともにだんだん緩やかになっていきます。この傾きに着目して、

横軸の時間の増加に対する縦軸の車速の増加の比率が加速度

ということになります。グラフで示すとこんな風。

2019-2020ワールドカップ第5戦の第1走、長迫選手の加速度プロフィール推定結果(あくまでも推定!)

2019-2020ワールドカップ第5戦の第1走、長迫選手の加速度プロフィール推定結果(あくまでも推定!)

スタート直後の加速度が最大で、3.65m/s^2です。その後の加速度低下は、空力抵抗の増加という理由もありますが、人間のトルク特性が、ケイデンス上昇に伴って直線的に低下するというのが大きな理由で、これによって加速度が鈍っていきます。

で、次の図表は、上のグラフのように加速している途上、車速が時速36km/hを示す瞬間のマンパワーの行先の計算結果です。

2019-2020ワールドカップ第5戦、長迫選手の時速36km/h時点でのパワーバランスグラフ(あくまでも推定!)

2019-2020ワールドカップ第5戦、長迫選手の時速36km/h時点でのパワーバランスグラフ(あくまでも推定!)

この事例では、時速36km/h時点で乗り手が発生したパワー1602.6W(す、すげぇ~)が自転車に投入されるパワーのすべてなので、パワー投入を示す左側の円はその100%が、マンパワーとなっています。右側の円は、投入されたパワーの運用先です。一般ライダー想定の36km/h時点でのマンパワーが810Wだったのですが、トップ選手は時速36km/hを通過する時点で実に、ほぼ2倍のパワーを発揮しています。

じゃ、減速って何?

加速の反対語は減速。加速というのが時間ともに速度が上昇することであるというのであれば、減速というのは、時間とともに速度が減少することでしょう。つまりそれは、ブレーキング。ブレーキング時には減速度つまり、「負の加速度」を示すことになります。

長迫選手のものすごい加速度の最大値が3.65m/s^2でしたが、実はブレーキングの減速度は、リムブレーキによるロードのフルブレーキングでも容易に-5m/s^2が実現できます。(参考までにcbn過去レビューはこちら・・・)油圧ディスクブレーキのMTBならば舗装路であればさらに大きな減速度が容易に得ることができます。ということは・・・

力自慢の人がものすごい加速をする時よりも、一般の人が油圧ディスクブレーキでフル減速するときのほうが、ホイールにかかるトルクが大きい

ということになります。ディスクブレーキのディスクはハブに直結であり、これはホイールへの力の伝達という意味でスプロケがハブに直結であることと全く等価であり、トルクの向きが正反対になっているだけです。つまり、油圧ディスク車ではフロントのホイールにものすごい負荷がかかるということであり、リムブレーキ時代からのホイール設計の抜本的な変更が必要になるというわけです。

ディスクブレーキを採用した場合、ハブに制動荷重が入力しスポークに過大な負荷が加わってしまうラジアル組が消滅するのは必然です。ディスクロータがついている市販フロントホイールをラジアルに組み替えるなどというのは、絶対にやってはいけないことです。この件を理解できない方は、ホイールの手組はやめた方が無難です。

これがリムブレーキになると、ホイールへの制動力の伝達がまるで違うので話が変わります。(あっ、脱線してしまった)

ゼロ発進とフルブレーキング、どちらがハイパワー?

もうわかりますよねぇ。もちろん、フルブレーキングです。

長迫選手の250m通過時の速度が66.7km/hでした。この速度から-5m/s^2で減速する場合の減速パワーと、長迫選手のゼロ発進加速パワーを比較してみましょう。

2019-2020ワールドカップ第5戦、長迫選手の加速パワー推定値と最高速度からの-5m/s^2ブレーキングパワー

2019-2020ワールドカップ第5戦、長迫選手の加速パワー推定値と最高速度からの-5m/s^2ブレーキングパワー

長迫選手の加速時のマンパワー最大値は4.65秒時点、時速42.3km/h時点での1639.5Wなのですが、ブレーキ自体が発生するパワー最大値は時刻ゼロ、つまり最大速度時点で、実に‐6900Wです。このパワーがゼロになる時刻が3.72秒で、この時、すでに停止しています。

(注意:上のグラフの赤線は66.7km/hからの減速パワーですが、この際、実は空力による減速も加わるので、ブレーキ制動パワー以上の減速が発生します。しかしここでは単純に-5m/s^2という減速がブレーキ制動のみで発生したものと仮定しています)

このパワーはディスクロータとパッドの摩擦だけで発生しますが、あの小さなコンタクト面積で最大6900Wも発熱するわけです。あっという間に停止してしまうので火災の危険はありませんが(笑)、もし、ず~っとこんなパワーがブレーキで発生し続けたらローターが赤熱、いや白熱?するさまが観られることでしょう。

まとめ

  • 秒を追うごとに速度が増える割合を加速度という
  • 重力加速度は 9.80665 m/s^2 である
  • 加速を開始すると同時に「加速抵抗」という力が忽然と現れて自転車と乗り手に後方に向かって作用する
  • スタートダッシュする場合、スタート直後が最大加速度になる
  • 力自慢の人がものすごい加速をする時よりも、一般の人が油圧ディスクブレーキでフル減速するときのほうが、ホイールにかかるトルクが大きい
  • ディスクロータがついている市販フロントホイールをラジアルに組み替えるなどというのは、絶対にやってはいけない
  • 長迫選手のトラック加速時の最大出力は1600W以上である(と勝手に推定!)
  • ワールドカップに参戦する今シーズンのトラックの選手たちは凄い!
著者
GlennGould

単なる市井の自転車乗り。2020年はスレスレで年間走行距離10000kmを上回り、最近10年間の総走行距離は109500kmほど。早朝4時から7時前(冬は真っ暗)に走ることが多く、日焼けはかなり控えめ。ここ数年はMTB走行が多め。おかげで自転車の操縦が少しだけ上達したような気がする(というのは完全に思い込み)。 そういえばサイスポ歴は立ち読みも含めて45年。 なお、山歩き歴も長いですが、そちらは永遠の初心者。

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