過去20年間でロードバイクはどれくらい変わったのでしょうか? という質問投稿を海外掲示板で見かけました。非常に評価の高い(upvote=支持投票が多い)コメントが寄せられており、かつそのコメントを投稿した方による「電動コンポについての否定的な意見」もかなり支持率が高く、ご紹介したいと思いました。
出典 How much have road bikes changed in 20 years?
まず「過去20年間でロードバイクはどれくらい変わったのですか?」という問いに対して、次のコメントが寄せられました。
やあ、僕は20年前にライドをはじめた者で、ものすごい技術系オタクです。僕の考えでは、こんな感じ!たくさんあるけど、大体時系列順に思い出してみました。
- エアロフレームとエアロホイール(Cervelo Soloistが当時は唯一のエアロフレームでした)。エアロホイールは存在していましたが、珍しいものだったか、ガチ競技専用でした
- 電動変速(個人的にはいちばん好みでないものです)
- インターナル・ケーブル(まずフレームで、その後はフルレングスでの統合)
- ワイドレンジ・ドライブトレインの主流化(恐らく最良の改善。僕が自転車をはじめた頃、アマチュアは普通に53/39 11-23という組み合わせを使っていました)
- 2×9から2×12へ
- 1xの限定的な採用(将来的にはもっと採用されるといいなと思う!)
- ワイドホイールと低圧タイヤ(僅差で2位)
- それと関係して、チューブラーの死とチューブレスのゆるやかな、そして現在進行形の採用
- ディスクブレーキ
(156いいね)
このリストに対しては「その登場によってディスクブレーキの扱いがより簡単になって安全性も増すことになったスルーアクスル」も入れてはどうか、という意見が見られ、上のコメント主さんも同意。
さて、ここでこのコメント主さんは「なぜ電動シフトは好きではないのですか?」と聞かれ、次のように答えています。
僕はエンジニアでガジェット的な側面は好きなのですが(eTapコンポを所有しています)、電動コンポの恩恵は最小限で、業界がこれを推した主な理由は単価を押し上げられることと、製品のライフサイクルを短くできるからだと考えています(自転車をスマホのようにしてしまうのです)。
僕にとって自転車が持つ価値とは、人力であり、シンプルであり、修理可能だということです。電動シフトはこれらの価値をすべて損ないます。
電動シフトには大変なポテンシャルがありますが、その大部分はまだ現実のものとなっていません。ギアの自動選択、あるいはセルフ・インデクシングもできたでしょうけれど、そうなってはいません。メカニカル・コンポがやっていることと99%同じことをやっているだけで、しかし無数のトランジスターと周波数装置、シンプルな金属ケーブルのかわりにバッテリーを使います。同じ機能を得るために桁違いの複雑さを必要とするのは勝利ではありません。
電動コンポの恩恵とされるものの大部分も、僕にとっては嘘っぱちです。変速が速い、という人がいますが、これはほぼほぼナンセンスです。変速スピードはカセットの角速度によって決定されるものであり、アクチュエーションのスピードによってではありません。またアクチュエーションのスピードもどのみち大きく違いはしません。人は「シフトが完璧だ」や「メンテナンスが少ない」ともよく言いますが、この場合、古くてメンテされていない自転車を新車と比べていることが多く、そもそも充電だってメンテナンスなのです。僕のメカニカル・コンポはどれも完璧に変速してきましたし、トレイルの脇でシンプルなツールで調整できます。
電動コンポを使ってきて、荒野でバッテリー切れを起こしたことがありますし(公称60時間に対して10時間以下)、ディレイラーがおかしなファームウェアの問題で動かなくなったことが2回あり、妻のDi2のフロント・ディレイラーはウォームギアが壊れてしまいました。そして僕の500ドルのeTapディレイラーは、その前に使っていた100ドルのメカニカルバージョンに比べて変速は少しも良くはありません。
電動コンポ全体が「ひと儲け」のために生まれたものだと感じます(190いいね)
私自身は電動コンポについて特に否定的ではないのですが(配線がなくなる・あるいは少なくなることによる利便性、疲れている時でもシフトしやすいなどのメリットは確実にあるでしょう)、上の方による視点(ほぼ同じことをやるために桁違いに複雑なテクノロジーを採用している・コンポをスマホ的なライフサイクルの短い高単価商品にしようという目論見があった、等)は新鮮な思いで読みました。皆さんはどう思われたでしょうか。