埼玉県に飯能(はんのう)という市があります。東京の池袋から特急電車で40分で行ける近さでありながら、そこを起点に実に多くの低山(標高300〜1500m程度)にサイクリングやハイキングに出かけられる、とても魅力的な土地です(「ヤマノススメ」という登山マンガ・アニメの主な舞台にもなっています)。
さて、私もこれまで何度となく訪れているその飯能市についてWikipediaで調べていたところ、ちょっと考えさせられる記述に遭遇しました。
観光客は街のにぎわいにはつながらない
飯能市の現市長・新井重治(あらいしげはる)氏についてのWikipediaには、次のように書かれていました。
…前市政が推し進めた観光施設の誘致についても、「観光客は街中の商店や飲食店に立ち寄らない。街のにぎわいにはつながらない」と否定的である。
これを読んで思わず「あぁぁぁぁ…」と声を上げてしまいました。やっぱりか、という気持ちです。飯能付近を走っていると、サイクリストのためのバイクラックをよく見かけます。バスに乗ると内部が「ヤマノススメ」のキャラクターで埋め尽くされていたりします。また飯能には「メッツァ」というムーミンや北欧をテーマとしたテーマパークもあります。
飯能という街は、多くのサイクリストや登山客や観光客を呼び寄せることで、地域経済を活性化しようと頑張っているんだな、と思っていたのですが、新井市長についてのWikipediaを読んで「やはりそんな簡単に行くものではないのか…」と残念に思うと同時に、じゃあどうすればサイクリング客や登山客が町でお金を使ってくれるようになるのだろう? と考えてみました。
自分の行動を振り返ってみる
私自身の行動を振り返ってみると、例えば飯能を起点とするサイクリングや登山活動を行う場合、池袋から始発電車で行きます。西武鉄道には確実にお金を落としています。しかし駅に着いても朝の7時少し過ぎで、駅近くのコンビニで何か買うくらい。その後は低山に遊びに行って、もし復路も飯能駅なら午後3時〜4時頃に帰ってきます。
途中では峠の茶屋で食事することもあります。しないことも多い。自販機で飲み物を買うことはあります。駅に戻っても夕食の時間にはまだ早いので、よっぽどお腹が空いていたら有名な中華料理店に寄ったりもしますが、ほとんど場合そのまま家の近くまで帰ってきて、それから食事、となります。
私自身、ほとんど現地でお金を使っていないことに気付きました。
しかし私は飯能市のファンなので、何か思い出の品を買って帰りたい。知り合いにおみやげを送りつけたい。と思うことが多く、大きい商店街や駅ビルの「ペペ」を歩いたりするのですが、どうもこれと言って買って帰りたいものがありません(申し訳ない)。心惹かれるゆるキャラのキーホルダーなどがあれば是非買って帰りたい。でも見かけない。
飯能以外の土地ではどうか。例えば茨城県の霞ヶ浦。ここも大好きな場所ですが、やはり始発電車で早朝に着いて、昼間はガッツリと自転車に乗って、これまた有名な食堂でご飯を食べたり、たまに筑波山神社近くでお土産を買ったりしますが、やはり大してお金を使っていません。多くの経済活動をすることなく帰ってきてしまう。
自分自身の行動を振り返ってみても、地域経済に大きい貢献はほとんどしていないと思います。
最近「自転車は地球のゆるやかな死であるーーサイクリストが国の経済に貢献しない理由」というネタ紹介記事を書いたところ、いやサイクリストは実際お金を使わないよ、ありがたく思っていない自治体もあるくらいだ、という声が聞かれました。サイクリスト・フレンドリーな街に仕上げても、期待していたような効果を得るのは難しいのでしょうか。
伊豆大島が持つキラーコンテンツ
ところで私に限って言うと、例外は伊豆大島(東京)での行動です。弾丸日帰り旅行をすることもありますが、大体の場合は1泊。2泊することもあります。主要な交通を担っている東海汽船には当然お金が行きます。宿泊する宿にもお金が行きます。居酒屋さんやお寿司屋さんにもお金が行きます。お土産屋さんでは地元の名産品を自分用・贈答用に買って、ゆうパックで送ったりもします。
伊豆大島では、私は結構お金を使っているんですね。
では飯能や霞ヶ浦と伊豆大島では、何が違うのか。
ひとつは、宿泊しているかどうか、です。宿泊客が増えれば単純に宿が儲かるだけでなく、近隣の飲食店でもお客さんが増える。それ以外の商店が直接的な恩恵を受ける機会は少ないかもしれませんが、税収も増えて少しは地域経済の活性化に繋がるでしょう。泊まるだけでお金を使う機会が増える。
もうひとつは「キラーコンテンツがあるかどうか」ではないか、と思います。そこでしか手に入らない価値、売り物です。
思えば大島の「べっこう寿司」(島唐辛子で味付けした塩辛い醤油に漬けた白身魚で造る島寿司)。「明日葉(あしたば・あしたぼ)」のおひたしや天ぷら。そして日本のシュールストレミングとも言える「くさや」。どれも現地(伊豆七島)以外では簡単には食べられない・手に入らないものです。
これらは私にとって伊豆大島のキラーコンテンツの代表的な例で、他にも目当てはいくつかありますが(モノのことしか書きませんでしたが体験的なコンテンツも豊富)、これらを食べにいくためだけに伊豆大島にサイクリングに行きたい、と思わせるだけのパワー・訴求力があります。
「くさや」も「べっこう醤油」も、竹芝桟橋の伊豆七島アンテナショップやAmazonで買えることはあります。しかし、伊豆大島で食べたい。三原山のヒルクライムを楽しんだ後は、島焼酎の「御神火」を飲んで、良い気分で元町の港を散歩したい。伊豆大島にはやはり圧倒的な「キラーコンテンツ」があると言わざるをえません。
観光業が主要な産業である伊豆大島と、埼玉県飯能市や茨城県霞ヶ浦市を比較するのは、フェアではないかもしれません。離島である伊豆大島には、宿泊したほうがより楽しめるという地理的なメリットも備わっています(飯能や霞ヶ浦での活動は、日帰りで楽しめてしまう)。
しかし思うに「観光業を主要な産業と位置付ける」という強力な意思の下に、そこでしか体験できないような圧倒的なコンテンツを用意し、自転車を抱えてやってきた人には何が何でも1泊してもらう。勝算のある計画を立て、価値を生み出す。それくらい力を入れないと、スポーツツーリズムによる地域経済の活性化というのは難しいのではないか、と思いました。
埼玉県について言えば、飯能も秩父もそのあたり、推しがちょっと弱い。秩父市の宣伝部長「ポテくまくん」は非常に良い。私はポテくまくんのキーホルダーやぬいぐるみが欲しい。でも見つけられない。多分、埼玉県もこのあたりは力を入れても採算が取れないと考え半ば諦めているのではないかという気もします。
読者の皆様がよく輪行で訪れる遠方の地域は、どうでしょうか。例えばしまなみ海道・琵琶湖・佐渡ヶ島はどうでしょうか。サイクリストの訪問によって、地域経済には良い効果が現れているでしょうか。もし現れていないとすれば、どうすれば良いでしょうか。そもそも、これまでに成功例はあるのでしょうか。
私の案は、まずとにかく泊まってもらうことと、強力な意思の下にキラーコンテンツを用意すること、です(それはモノに限らず、そこでしか体験できないイベントでも良いでしょう)。
この記事ではスポーツツーリズムを念頭に置いて考えてみましたが、そもそも単純に観光施設を誘致しても簡単ではないだろう、というのはあります。直近では東京スカイツリーの例が思い出されます。スカイツリーの建設中、町の経済はある程度潤ったと聞きます。しかしツリーが完成したら、観光客はツリー内施設の「ソラマチ」の外で食事しなくなったのは有名な話です。
ご感想やご意見などがありましたら、是非Twitter等でご共有いただければ幸いです。サイクリストが通る道沿いにおいしいラーメン屋! コーヒーショップ! 飯能市は美しい夜景も利用して何かやる! 何かうまい方法はあるでしょうか…
サイクリストの読者からの意見
この記事についてサイクリストの読者の皆様から多数のご意見・ご提案をいただきました。どうもありがとうございます。このセクションではいただいたご意見をいくつかのグループに分類・要約してご紹介します(一部簡略化させていただいたものがあります)。
特別感・非日常感を出す
- 記事筆者が例として飯能市ではあまりお金を使わず伊豆大島でたくさんお金を使うのは、行ける頻度が違うからではないか。伊豆大島は「旅行」というイベントになっており「特別感」がある。飯能は日帰り圏内で自走でも輪行でもいつでも気軽に行ける
これは気付かなかったポイントでした。「近くて便利」だと「特別感・非日常感」が薄れる場合がある、というご意見。逆に言うと「特別感・非日常感を強化する」ことで消費活動が高まるのかもしれません。
言われてみると離島で船の切符を渡す時、関所を通ったりパスポートコントロールを通過している感覚に近いものがあります。海で隔てられている、ということもあります。「異世界感」を擬似的に演出できると気分が高まったりして…
登山客やサイクリストは実は結構お金を使っている
そもそも登山客やサイクリストは、実際は結構お金を使っているはずだ、というご意見も複数いただきました。しかし使っている場所が駅前などではない、という声も。
- 登山客やサイクリストは山間部のお店にはそこそこお金は落としている。駅前市街地の賑わいに繋げたいなら「それらしい」商品やコンテンツが必要になるだろう
罪悪感について
- 輪行もトランポもしない直行派としてはお金落とさずタダ乗りしてるみたいな気がして申し訳ないと思う。時間に余裕がないので食事で使う額も多くない。ふるさと納税でサイクリスト向けのものがあれば検討したい
- ときがわ、小川町、東秩父、飯能と走りに行くがコンビニや定食屋で昼飯食べるくらい。あまり地域には貢献できてない
あまりお金を使えていないので申し訳ない、というご感想もありました。しかし私個人の意見では、積極的に消費活動したいと思えない時に「申し訳ない」という気持ちでお金を使っても、持続可能な成長は難しいのではという気もします(衰退を遅らせることはできるかもしれません)。
この意味で、次のご意見も大切かなと思いました。
- サイクリストと親和性の低い業態への効果を期待されても困る
例えばサイクリストが多く訪れたからと言って、町の金物屋さんや花屋さんが潤うことは多分ない、ということを行政側は踏まえて計画する必要はあると思います(しかし飲食店が繁盛すればどちらも間接的に売り上げが上がる可能性はあるでしょう)。
一般的な観光コンテンツありき
まずは一般的な観光コンテンツを充実させるべきだ、というご意見も多数いただきました。
- まず一般的な観光客がお金を落としたくなるコンテンツありき。それにスポーツツーリズムを絡ませないとお店1軒ならともかく地域経済が活性化するまでの影響はない
- 「旅行ついでに自転車に乗る」くらいの整理で計画しないと落とすお金の桁は増えない
- 自転車で地域振興なら「メシ・景色・土産」の特色を強化するのが良い
- なめパックン(※埼玉県行方市の名物バーガー。地元霞ヶ浦で獲れるナマズを食材に使用)みたいに土地の特色を活かした物を押し出してくれると調べやすくて良い
購入品の配送サービスを重要視する
自転車に乗りながら多くの荷物を運ぶとライドの楽しみがスポイルされてしまうので、買ったものを運搬・配送してくれるサービスがあると良い、というご意見です。
- うちの場合(※自転車旅行会社の方)サポートカーのあるイベントでは利用客は驚くほど多くのお買い物をする。持ち運ぶ手段があるかどうかで大きく違う
- 嵩張る買い物は辛いが家族にお土産のパンが買えたら3,000円くらいは買う。朝方に乗る自分としては午前中早い時間から開いてるパン屋があるといいなとは思う
私も商店街の八百屋さん・道の駅・無人野菜販売所で「こんな野菜はうちの近所では買えない。欲しい」と思うことがよくあるのですが、配送サービスがないと諦めてしまうのでこれはよくわかります。
動線を分析する
サイクリストはどのように移動するのか。その動線を分析し、それに応じた最適化を図れれば経済効果を最大化できるのではないか、と思わせるご意見もいただきました。
- 霞ヶ浦は、東岸に宿泊施設があれば一日で一周はためらう層にアピールするのでは
- ソロで行くときは「大三島ブリュワリー(※しまなみ海道)にビール買いに行く!」とかお金使うことが目的で行ったりするが、グループ走行やしまなみ縦走等のイベント時は走ることが目的になってしまう
- 自転車であれ、自動車であれ、点と点の間を移動するだけになってしまう。買い物や物の体験の促進は、人間の移動を点から面に変える必要があって、乗り物(点と点の移動)から徒歩(面への移動)への移動にどう変換していくか?って視点がないと無理
- (伊豆大島は)全島を周回する道路と三原山への道が人口の密集地と商業地と観光ルートとサイクルコースにきっちり重なる。新しい観光需要を発掘してその効果が広く全域に、ある程度厚みを見せられるのが大島町、市域を観光ルートが横切る点と線の飯能市ではだいぶ事情が異なる
- 自転車で走りやすく見晴らしの良い道が整備されてればサイクリストはそこを高密度で通るし、沿線に店が出来るし、そこに立ち寄る。木津川サイクリングロード(京都府)の成長がいい例で昔は正真正銘ただの堤防道路で嵐山以外何も無かったが時間を掛けて自然に集まってきた。そして和歌山と繋がった
- サイクリスト視点では、通る道や行く先にお金を使える機会を設けてほしい。ユーザーの動線を見るのが大切かと思う
安心感を充実させる
買い物をする場合は徒歩になることが多いため、高価なスポーツ自転車を安心して預けられる場所が欲しい、という声が多く聞かれました。
- (自転車を)安心して預けられる場所がないと歩き回ることは考えにくい
- 起点となる場所に長時間駐輪出来ると安心してお金を使える
- 基本的に自転車から離れるのが怖いので有人監視の番号制駐輪場等があれば良い
- 安全な自転車一時預かり所があれば街ブラしたい。自転車を管理してもらえるか客室内に(袋に入れれば)持ち込み可能な宿が事前に分かれば泊まりたい人は多いのではないか
- 管理人がいるだけ状態の駅前の市営駐輪場等では普通に盗まれてしまうから心配だ
- ロードバイクを絶対に盗まれないロッカーや有人預かり所があるだけで結構来る
上からではなく下からはじめる
こちらのご意見も重要だと思いました。
- 「地域」経済の活性化はまず立地ありきなので不毛の地は行政が頑張っても難しい。めざとい「個人商店」の応援から入れば幾らか方法はあるのでは
例えば行政が「年間◯人のサイクリスト誘致、◯円の経済効果実現を目指す」という旗振りで行ってもうまく行かない。将来性のありそうなビジネスを行っている小さいお店を発掘・支援し、グラウンドアップで全体的な可能性を探っていく、というご提案だと思います。
温泉があると良い
サイクリスト(登山客もですが)と温泉の相性は非常に良いので、可能ならそこを充実させられると効果がありそうです。
- サイクリングは汗をかくスポーツなので輪行する時、遠出する時は温泉が駅近にあるかを確認する
- 温泉に入るとそこで食事したりお土産を見たりできる(例として埼玉・秩父駅はすごく利用しやすい)
- 冬は足湯とかあると少し払っても行きたい
これに関連して女性の着替えについてもっと考慮してほしい、というご意見もありました。
宿泊できる・宿泊したい環境
宿泊するとやはりお金を使う。しかし宿泊したくなるような宿、宿泊しても見て回りたい基本コンテンツがあるかどうかが重要だ、というご意見。
- 宿泊で確かに(使う金額は)かなり変わる
- 宿泊しやすい環境は大事。土浦(※茨城県)はほとんどのホテルで自転車が部屋に持ち込めることを謳っていて非常に好感が持てる
- 佐渡はフェリーで日帰りも可能だけど佐渡を楽しむのに1日では難しい。宿泊有りで来てくれるように仕向けられたら活性化に繋がると思う。素泊まり宿が増えて地域の飲食店で食事や日帰り温泉を楽しむ形になったらいいなと思う
- 確かに宿泊を伴わないと使われるお金は一桁違う。だからといって前日受付のみのイベントをしたり何がなんでも泊まらせようとする施策はちょっと違う気も
- 宿泊は「泊まってまでもその地域を見て回りたい」等、別の訴求力が必要
皆様にお寄せいただいたこれらのご意見が、これからスポーツツーリズムによる地域経済の活性化を計画している自治体にとって何らかの役に立つと良いですね。貴重なご意見、あらためてありがとうございました。