シマノの「CS-HG800-11」というカセットスプロケットを最近手に入れました。これは11スピードのカセットで、シマノ公式サイトではUltegra R8000のページに掲載されているものですが、かなり特殊な立ち位置の製品です。
シマノ10速ハブで使えるロード対応11速カセット
最大の特徴は「シマノの10スピード用ハブ(=8/9/10スピード対応ハブ)」に装着できる「ロードコンポーネント互換の11スピードカセット」である点です。シマノの10スピードハブは、MTBハブの場合ならMTB用11スピードカセットを装着できるのですが、ロードの10速ハブには11速のカセットは付きません。
しかしこの「CS-HG800-11」は例外で、シマノ10速ハブで使えます。逆にシマノ互換のロード用11スピードハブで使いたい場合は、1.85mmのスペーサーを入れる必要があります(写真左側の黒いものがそれ)。
秘密は34Tコグのオフセットにあり
このCS-HG800-11には(CS-HG700-11も同様)、歯数構成は1つしかありません。11-13-15-17-19-21-23-25-27-30-34Tです。11から17までは2つ飛ばしで、そこから上は3つ・4つ飛ばしで2枚。用途的には、ヒルクライム・グランフォンド・アドベンチャー・グラベルといったジャンルで活躍してくれそうな構成です。
ところでこのカセット、なぜ11速ロード用のフリーボディ(のスプライン嵌合部)より1.85mm狭い10速フリーボディに装着できるのでしょうか?
もしかして11速だけど普通の11速よりもギアピッチが狭いの? などと思ってしまいますが、実はそうではなく、11枚目の34Tコグのアームが長いため、フランジ側に覆いかぶさるように設計できているからです。下の写真でわかると思いますが、スパイダーアームが内側にオフセットしています。Ultegra R8000のカセットなどは、この底面はほとんど「ツライチ」です。
つまりこの11速カセットは、歯の数は11枚あるけれども、フリーボディに嵌合する部分は10スピードカセットと同じ長さ、ということになっています。最後の1枚が外側に張り出しているわけですね。
だから、10スピードのハブにはポン付けできるわけですね。そしてCS-HG800-11やCS-HG700-11に「11-28T」や「11-30T」のようなよりクロスレシオな歯数構成が存在しないのも、恐らくローが28Tや30Tだとオフセット量が十分に取れなくてチェーンがスポークに接触してしまうからではないかと想像しますが、どうでしょうか。
MTBコンポでも使える?
と、ここまでは私の貧弱な脳みそでも理解できました。1.85mmスペーサーの件も納得できます。
しかしこのカセットには他によくわからないことがあるのです。それはシマノの公式製品ページに書かれている次の文言です。
MTBからロードバイクまで多様なバイクに適合するようにデザインされたハブボディ *ROAD 11スピード対応ハブボディに取付可能なスペーサー付属。
出典 シマノ 11スピード 11-34T ロード カセットスプロケット(日本語版)Hub body designed to fit a variety of bikes from MTB to road bikes * Spacer required to fit hub body to road bikes
出典 SHIMANO 11-Speed 11-34T Road Cassette Sprocket(英語版)
MTB…? なるほど、この11スピードハブはUltegraグレードだけれど、MTBコンポに混ぜて使っても良い、と読めますよね。つまり10スピード対応のMTBハブにもそのまま入れられる、ということですよね。
しかしこのCS-HG800-11の箱にはこんなイラスト(ピクトグラム)が描かれています。MTBの11速ホイール・ハブには付けられませんよ、何故ならフリーボディーに入るところが1.85mm長いからです、MTBの11速にはMTBの11速カセットを使って下さいね、という意味に読めます。
これがどうもよくわかりません。というのも、シマノのMTBコンポーネントはロードコンポーネントと違い、10速から11速になってもハブボディのスプライン嵌合部が伸びたりしていないからです。8速・9速・10速対応のハブに、11速用カセットもそのまま付けられるからです。
ならCS-HG800-11も、1.85mmのスペーサーを入れなければ、MTBのハブにも入れられるはずですよね。なので上の絵の意味がちょっとよくわかりません。
ギアピッチの謎
しかし、それよりもっとわからないことがあります。「MTBからロードバイクまで多様なバイクに適合するようにデザインされた」とあるので、MTBコンポの一部として使えるのは、まず間違いないわけですよね。
しかし、聞いたことがあるのです。「シマノのロード用11スピードカセットのギアピッチ(=コグの厚みとスペーサーを合計したスペーシング)とMTB用11スピードカセットのギアピッチは同じではない」と。
これについてあらためて調べてみたのですが、シマノによる公式な数字は発見できず。
しかし次のような様々な数字を海外のインターネットで多く見かけました。
- シマノの11速コグの厚みはロードもMTBも同じ1.6mmである
- シマノの11速MTBコグの厚みは1.56mmである
- シマノの11速ロードカセットのギアピッチは3.74mmである
- シマノの11速ロードカセットのギアピッチは3.69mmである
- シマノの11速MTBカセットのギアピッチは3.9mmである
- シマノの11速MTBカセットのギアピッチは3.78mmである
以下、主な出典サイト。ただしこれらの数字をどこから持ってきたのかはどのサイトも、誰も明確にできてはいません。恐らく誰かの実測値に基づいているものと思われます。
出典 Compatibility [02] Cassettes – BikeGremlin
出典 Shimano XT M8000 sprocket pitch?- Mtbr.com
出典 Science Behind the Magic | Drivetrain Compatibility ※不正確との情報多し
出典 Backward & Forward Compatibility Dilemma- Mtbr.com
他にも最後のコグ1枚だけ厚みが違うものがあるんじゃね? みたいな情報もあり、混乱しています。
なんでこんなに混乱しているんだろう。実測すれば済むはずじゃないか… と考えた私は、作業台の上にUltegra CS-R8000-11, SLX CS-M7000-11, CS-HG800-11の3つを並べて、デジタルノギスを取り出してギア板の厚みやスペーサーの厚みを測ってみることにしました。
しかしすぐに混乱の理由を理解しました。0.1mm単位でさえ正確に測るのが難しいのに、それ以下の精度で測るのは至難の業! ちょっとした力の入れ方や、測定部分がほんの少しずれるだけで数字が大きく変わってしまいます。
単に私の測り方が上手でないのかもしれませんが、これは精密機器がないと実測は難しいなぁ、と思いました。正確で決定的な数字がネット上に流通していないのは、こういう理由もあるのでしょうか。
いずれにしても「シマノのロード用11速カセットとMTB用11速カセットは同じピッチではない。互換性はない」という言説自体は、今回調べてみてもやはりよく見かけました。私も以前からずっとそう思っていたんですね。
しかしCS-HG800-11が「MTBからロードバイクまで多様なバイクに適合するようにデザイン」されているということは、次のうちのどちらかを意味していることになるのではないでしょうか。
- シマノのロード用11速カセットとMTB用11速カセットのギアピッチは、実は同じである
- それらは同じではないが、CS-HG800-11ではロード用シフター+ディレイラー、MTB用シフター+ディレイラーどちらの組み合わせで引いても実用上支障がでないように設計されている(あるいは誤差があってももともと支障がないレベルのものである)
設計図を調べてわかったこと
しかし推測ばかりしていても仕方がないので、CS-HG800-11(謎のハイブリッドカセット)、そしてUltegra CS-R8000-11(ロード), XT CS-M8000-11(MTB)の設計図を探してみることにしました。
参考 Cassette Sprocket CS-HG800-11(11-speed)
参考 ULTEGRA Cassette Sprocket CS-R8000 11-speed
参考 DEORE XT Cassette Sprocket CS-M8000(11-speed)
するとまずわかったことが1つ。それは、パーツの型番は違うものの、コグの間で使われているスペーサーの厚みが共通して2.18 mmである、ということです。
ということは、もし「ロード用コグもMTBコグも厚みはどちらも1.6mmである」という説が本当なら、スペーサーも同じなので「ロードもMTBも11速カセットは同じギアピッチ」ということになるのかもしれません。
または「ロード用とMTB用でコグの厚みが違う」ということになるのではないでしょうか。
ここでちょっと表を作ってみました。「MTBからロードバイクまで多様なバイクに適合するようにデザイン」されているらしいCS-HG800-11で使われている1枚1枚のコグと同じものは、果たしてロード用カセット・MTB用カセットで使われているものとかぶっているのでしょうか。
CS-HG800-11 | CS-M8000-11 (XT) | CS-R8000-11 (Ultegra) | |
---|---|---|---|
11 | Y1RK11000 | Y1RK11000 | Y1Y911000 |
13 | Y1RK13000 | Y1RK13000 |
Y1Y913100 Y1WG13000 |
15 | Y1RK15000 | Y1RK15000 |
Y1Y915100 Y1Y915000 |
17 | Y1RK17000 | Y1RK17000 |
Y1Y917200 Y1Y917100 |
19 | Y1RK19000 | Y1RK19000 | Y1Y919500 |
21 | Y1WH98020 (unit) | 該当なし |
Y1WG98030 (unit) Y1WG98070 (unit) |
23 | |||
25 | |||
27 | Y1WH98030 (unit) | 該当なし | 該当なし |
30 | |||
34 |
というわけで、CS-HG800-11はMTBのXTグループのカセットであるCS-M8000-11と最初の5枚に同じ型番のコグが使われていることが判明しました。一方でUltegraグレードのカセットと共通の型番のパーツは使われていません。
もちろん、型番が違うだけで厚みは同じ、みたいなこともあるのかもしれません。また、スペーサーが2.18mmだとしても、コグと一体化しているスペーサーが完全に同じ厚みなのかも不明です。
結局のところ実測してみなければやはりわからないことが多いのですが、とりあえず上の調査結果からは「11速ロードのシフター+ディレイラーで11速MTB用カセットの11-13-15-17-19は少なくとも不具合なく引ける」ということが言えそうです(11速MTB用シフター+ディレイラーで11速ロード用カセットも同じ)。
ただ、上の表のUltegraのパーツでわかるように、同じ歯数のコグでもカセットの歯数構成によって型番が違っていたりするんですよね。単純に部品管理的な意味合いで型番が違うだけなのか、あるいは細かいところで実際に数字が微妙に違っていたりするんでしょうか。
わからなくても問題ない…のか?
実用的には「細かいことは気にするな」で済みそうな話ではあります。というのは、CS-HG800-11をMTBコンポーネントの中で使う人はそんなに多くないような気がするからです。
クロスカントリー的な走りを好むMTBerの方なら11-34Tという「MTB的にはクロスレシオ」なカセットも重宝するかもしれませんが、大部分の人は素直により大レンジのMTB用カセットを使うような気もします。そのため「このカセットをMTBシフター+RDで引けるか」という疑問自体があまり出てこないのかもしれません。
最初の5枚はXTのカセットと同じなのに例えばUltegraのSTIとRDで引けてしまう… ラッキー! 使えるんだからそれでいいんじゃねwww みたいな話で終わりそうではあります。
真相がわからなくとも多分誰も困らない話だとは思いますが、でもなんだかスッキリしません。そして私同様「これってどういうことなんだろうね?」と疑問に思ったことのある方は英語圏のインターネットでも何人か見かけました。が、結局、誰も正解には辿り着けていないトピックなのでした。
リアディレイラーはロングケージを選ぼう
さて、最後に実用面で大事な情報をひとつ。シマノのロード系コンポーネントではロー側の最大歯数が34Tとなっていて、これに対応しているのがロングケージ(GS)のリアディレイラーです。具体的な製品としては、下の3つしかありません(ロード用RDとしては)。
- Ultegra RD-R8000-GS
- Ultegra RX RD-RX800-GS
- 105 RD-R7000-GS
しかしシマノのリアディレイラーのキャパシティ表示はかなり余裕を持ったものと言われており、最大32Tまで対応のディレイラーでもCS-HG800-11/CS-HG700-11は問題なく使える、という情報もよく見ます(ただしRDの装着位置に依存するらしいのでご注意。現物合わせが必要です)。
それと11速用ロードホイールで使う場合は同梱の1.8mmスペーサーを忘れずに入れましょう(入れないとロックリングが締まらずガタが出るのでわかりますが)。
私はこのCS-HG800-11をRD-RX800-GS (Ultegra RX)で使う予定です。日常的には11-28や11-32を使って、特定の山に行く時にこの11-34を1xで使おうかな、と思っています。
売り上げランキング: 4,288
売り上げランキング: 14,903