クラウドファンディングのKickstarterにて、イギリスのサイクリングアパレル・スタートアップのGo Fasterが去る6月8日にプロジェクトを開始していました。その内容は「一定の速度で走れることを証明できた人」のみが特定のジャージにプレッジできる、という新しい発想のものでした。
公式 GO FASTER: Next–level cycling kit you unlock by going faster (Canceled)
開始後3日でキャンセル
しかしこのプロジェクト、開始からわずか3日でクリエイター側がキャンセルする結果になりました。
プレッジするためにはStravaをGo Fasterが用意したThe Draftというプラットフォームに接続し、10kmの距離を平均時速39km/hで走行できることを証明できた人は「Level 2」のジャージを、同10kmを平均時速26km/hで走れる人は「Level 1」のジャージを、それらに満たない人々は「Draft Training Jersey」をリワードとして受け取れることになっていました。
Go Fasterが用意した半袖ジャージやビブタイツは、製品的には一応風洞実験で性能を高めたエアロなものとされているのですが、このプロジェクトの目的は
- このジャージを着ることでサイクリストは新しいチャレンジを意識し、心理的に速くなれる
- リサイクルされた材料を使用することにより環境に優しい
- 手に入れたジャージは自分の実力を証明する誇らしいものなので、ワンシーズンだけ着て捨てられることなく、長らく愛用されるので環境負荷の軽減に繋がる
というものでした。これだけ見ると、高い環境意識を持ちながらサイクリストとしての自分の限界を超え続ける、という、発想自体は悪くないものに思えます。
しかしこの「速い者だけが手に入れられる」というプレミアムグッズは、多くのサイクリストの反発を買うことになりました。速さを競うのではなく、ライド回数や走行距離、獲得標高などを基準にすべきだ、といった声や、こうした発想は選民主義(エリーティズム)や「マウント取り文化」の現れだ、事故が増えるのではないか、という声が多数寄せられたのでした。
その結果Go Fasterは「支援者もいたが、サイクリングコミュニティの大部分はこのプロジェクトを歓迎しないことがわかったので、このような厳しい意見の中で新しいブランドを立ち上げるのは適切でない」と判断し、プロジェクトをキャンセルすることにしたのでした。
現在の時流とはそぐわない?
このプロジェクトへの反応を見て思ったのは、SNSがもたらした現代のマウント合戦に人々が疲れていること、他人との競争よりも冒険や発見を楽しむグラベルサイクリングの流行などとリンクしているな、ということです。
日本でも、例えば最近の月刊サイクルスポーツ誌ではレース志向読者向けの企画が減っていて、サイクリングロードや自転車旅の特集が目立ちます。また同誌では「貧脚サイクリスト」や「DNF(完走しなかった)」といったサイクリングアパレルを展開していたのも記憶に新しいところ(それらはGo Fasterとは真逆のベクトルだったことが興味深いです)。
こうした「ゆるいサイクリング」を希求する動きは海外でも同様です。5年前、10年前であればGo Fasterのこのキックスターター案件は成功していたような気もしますが、最近の時流にはそぐわないものだったのかもしれません。
しかしGo Fasterへの激しい反発を見ると、これはこれでSNS文化特有の同調圧力の現れにも見え、考えさせられるものがありました。