東京湾の「船の科学館」で屋外展示されている南極観測船「宗谷」についての記事です。サイクリングと直接の関係はないのですが、ポタリング中にたまたま立ち寄って見学していたところ、サイクリストの視点からも「移動」や「旅」の本質について多くを考えさせられる充実した時間を過ごせたので、本記事で紹介させていただきます。
「宗谷」は戦前、大日本帝国海軍に所属する軍艦でした。戦後は軍務を解かれ、主に輸送や補給で大活躍。船名にちなむ北の海は勿論、昭和時代の南極観測船として最も有名な砕氷船です。発注は旧ソ連、進水は1938年。
参考 南極観測船「宗谷」│船の科学館公式、ホームページ
参考 宗谷 (船) – Wikipedia
居住区
早速船内に入ってみます。通路はなんとか人がすれ違える広さはありますが、必要以上の照明がないのが良い雰囲気です。ちなみに「宗谷」は何度も改修・改造されており、現在の姿は主に南極観測船時代の名残を残しているようです。しかしベースにあるのは軍艦、というのが面白い(日本海軍時代の軍艦で唯一現存するものとも言われています)。
こちらは士官食堂。今でこそクロスは黄色く変色していますが、当時はさぞ立派な空間であったことを思わせます。食料は冷凍の肉・魚・野菜・果物。展示されていた過去の写真では、髭をたくわえた乗組員たちが食堂で日本酒を酌み交わしている姿が見られました。長い航海中、食事が大きい楽しみであったことは想像に難くありません。
食堂ではペンギンがお出迎え。中には入れないのですが、ガラス越しに十分観察できます(写真撮影を楽しみたい方は偏光フィルターを持ってきたほうが良いです)。
こちらは浴室。「真水を節約するため、航海中は海水を、南極では氷の塊を浴槽内に入れ、蒸気で溶かして使用しました。」と説明書きにありました。長距離のサイクリングや旅でも、限られた資源の配分や調達を考える必要があるのは同じ。しかし海ではコンビニも自動販売機もありません。
次は士官居住区です。4畳半程度の部屋がいくつかあり、ソファにテーブルとベッド、洗面台に事務机等がコンパクトに配置されていました。何ヶ月も乗船するのですから、心身の長期的な健康を維持するために「きちんとした生活空間」が必要なのでしょう。窓の配置もよく考えられていました。長期にわたり何かをやるためにはストレスをいかに減らすかが大事ですね。
別室の机の上に置かれていたのは米国スミス・コロナ社のタイプライター。現代ならこれはノートパソコンになるのでしょう。私的な日記や手紙もここで書かれていたのでしょうか(英文タイプライターなので業務用かな?)。隣にはテープレコーダーも見えますね(かつてそういうデバイスが存在しました。今で言うICレコーダーに相当)。
ソファの上のぬいぐるみは南極越冬ネコの「タケシ」です。「初の南極観察出発に際し、縁起が良いとされる雄の三毛猫を贈られました。この猫は中田武観測隊長にちなんで「タケシ」と命名され、南極で越冬した日本初の猫ともなりました。」との説明がありました。
サイクリングにペットを連れて行くのは難しいですが、ハンドルやバッグにお守り的なものをぶら下げている方がいれば、それは「タケシ」に相当するのかもしれません(ちなみに今回発見できませんでしたが、「宗谷」には海上保安庁初の船内神社が存在したそうです)。
下の「第四士官寝室」のプレートはピカピカですが、書体はかつてのスタイルを残しているように見えます。
この船では病人の外科手術も行われた他、亡くなった方もいれば、この船で生まれた方もいます。「宗谷」は海難救助活動に携わり、多くの人命を救った船としても有名です。
操舵室
「宗谷」は生活の場であるとともに、当然その場自体が別の場所を目指す移動体でもありました。自転車と旅館が一体化したようなものとも言えますね。そしてこれが船の操舵室。
立派な舵、ハンドルです。「NAKAMURA’S URAGA STEERING TELEMOTOR TOKYO KIKAI CO., LTD.」という刻印がありました。Telemotorは「水圧式伝導装置」の意。
操舵室の中は結構自由に歩き回れます。下はピカピカすぎて読めないテレモーターの説明文。
操舵室にはソナーや、船の傾きを示す傾斜計をはじめとする様々な計器があります。「第1次南極観測の帰路、暴風圏で最高62度も傾きました。」とあります(※Wikipediaには「ケープタウン沖の暴風圏で宗谷は最高片舷69度に及ぶ横揺れに見舞われた」との記述がありますが、同じ事態を指していると思われます)。自転車が横にこんなに傾くのはコーナリングの時くらいでしょうか。
下は「伝声管」と呼ばれる通話装置。サイクルロードレースの監督が選手やメカニックと通信している様子を想像してしまいました。現代では電力を用いた増幅器や無線が使えますが、これは無電力。音は細い管の中を伝うと減衰が少なくなるので、メッセージを遠くまで伝えられたようですよ。
通信室
次に通信室を見てみましょう。南極観測当時、無線通信は日本との唯一の交信手段として重要でした。「宗谷」のコールサインは「JDOX」でした、との説明書きがありました。操舵室と通信室にあるこれらの様々な計器は、サイクリスト視点ではGARMINとスマホのような役割を担っていたのだろうかと思います(規模は全然違いますが)。
現状を分析し、必要なら通信を行う、というのは一緒です。見学しているあいだずっと、この船全体が、ある目的地を目指す1人のサイクリスト、あるいはサイクリストの集団、というアナロジーが働いていました。私は船のことは全く知らないのですが、こんなにおもしろい乗り物なのか、とかなり楽しめました。
目的地に安全に到達する、というミッションは共通です。
甲板
しかし「宗谷」には「救援したり、補給する」という役割もありました。日本で最初にヘリコプターを搭載した船でもあるのだそうです。下はヘリコプター発着甲板。「第3次南極観測以降、大型ヘリコプター搭載にともなって増設されたヘリコプター発着甲板です。南極への物資の多くはここから空輸されました。」とのことです。
煙突(ファンネル)。「エンジンやボイラーの煙を排出するのが煙突(ファンネル)です。ブルーの帯とコンパス・マークは、海上保安庁の所属船であったことを示すファンネル・マークです。」とあります。
「宗谷」は現在でも月に1日ほど、海上保安庁特殊救難隊の訓練に使用されているそうです。
湾岸サイクリング中におすすめ
筆者はサイクリング中、もう10年以上もこの「宗谷」の前を通り過ぎていたのですが、先日たまたま立ち寄ってみたところ大変濃密な時間を過ごすことができました。本記事では紹介しきれなかった箇所も多くあります。船と自転車、全く違う乗り物ではありますが、移動・旅・目的の遂行という本質面で共通することが多くあるように感じました。
以前この場所には「羊蹄丸」も係留されていましたが、「羊蹄丸」は保存・展示が終了し、現在では解体されてしまいました。「宗谷」もかなり老朽化しているようですが、永久保存を目指しているのだそうです。
お台場付近で東京湾岸をサイクリングされる機会のある方は立ち寄ってみてはどうでしょうか。私はちょっとだけ眺めるつもりで入ったところ、船内で40分ほど過ごしていました。そしてなんと、入場無料です。
なお、クリートのあるシューズでは入れません。受付で「シューズの底に金具は付いていませんか?」と聞かれました。私はこの日フラットペダルだったので問題ありませんでしたが、ビンディングの方はクリートカバーや簡易スリッパなどを持参したほうが良いでしょう(床を痛めないようにするため)。
南極観測船「宗谷」の見学データ
- 開館時間:11:00~16:00(乗船は15:45まで)
- 休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)、年末年始(12/28~1/3)
- 所在地:東京都品川区東八潮3番1号