例えば大パワーを誇るプロサイクリストが、ある新品のカーボンバイクを、1年乗り倒したとします。するとそのカーボンフレームは、新品時よりもへたっている・疲労している・劣化している、と言えるのでしょうか? 耐久性が落ちてしまっているのでしょうか? 個人的にも昔から疑問に思っていたことなので、海外のインターネットで少し調べてみました。
しかし最初に書いておくと、興味深い意見はいくつか見つけたものの、最終的に「これが答えだ!はい疑問解決はい解散!」という切れ味の良い単体の情報・文献にたどり着くことはできませんでした。CFRP(炭素繊維強化プラスチック)も様々あり、その破壊モードにもよくわからないことがあるようです。また、大切なのは「正しい問い」を立てることのようでした。
カーボンは丈夫だが疲労の予測が困難
まずこんな意見を発見しました。
技術的に言えば、カーボンファイバー(CFRP)は非常に強く、多くの金属よりもよく疲労に耐えます。しかしその耐疲労特性は、航空宇宙産業では用いられていません。問題は、コンポジットの疲労は予測が非常に困難であり、結果が広く分散するのです。私達はCFRPがかなり丈夫であることを知っていますが、定量的にどの程度丈夫なのかを自信を持って言えないのです。航空宇宙産業で用いられる構造には、極度に高い安全と信頼性標準が要求されるため、またコンポジットの構造体に疲労下で何が起こるかを自信を持って予測できないため、今日の(カーボン)構成部品はオーバーデザインされており、コンポジット材の耐疲労特性を十分に活かしているわけではありません。
Carlo Alberto Socci(デルフト工科大学修士・航空宇宙産業構造・CFRP疲労が専門)
How does carbon fiber (CFRP) behave in fatigue?より引用
工学系修士の方のお話なので、信憑性は低くはないと考えて良さそうです。興味深いのは、カーボンはかなり丈夫ではあるが破壊モードが複雑でよくわからないものらしいことです。
紫外線による劣化は考慮すべき
疲労限度とは別に、紫外線による劣化は考慮に入れたほうが良さそうです。
Kestrelで働いていたカーボンファイバーの専門家と仕事をしていたことがあります。彼によると、カーボンファイバーはアルミのように疲労しないが、コーティングされていないカーボンファイバーや含浸樹脂は、紫外線に晒されることにより経時的に弱くなる・ダメージを受けるとのことでした。この理由で多くのカーボンフレームは不透明なペイントかUV保護(阻害または吸収)がなされます。自転車を火に近づけたり、ケミカルで攻撃したり、壊れるくらいの大きい衝撃を与えたり、フレームやフォークに穴を開けてそこに応力集中を発生させたりしなければ、かなり長いあいだ持ちます。適切なケアをすればライダーよりも長生きするでしょう。
しかしあらゆる物質には限界があります。カーボンファイバーでは、この素材の限界は典型的には壊滅的破壊(catastrophic failure)を起こします。この理由は、カーボンファイバーはスチールやアルミのように可塑的に曲がることはないからです(永久変形)。スチールやアルミも勿論、素材へのストレスや衝撃が十分に高ければ破断しますが、それらはここに至る前にしばしば曲がります。
David Yates(サイクリングエベレスター・サブ10アイアンマン・元スピンインストラクター)
How long do carbon bike frames last?より引用
パワーをかけるかけないの話ではなく、紫外線で劣化した結果、もともとあった強度が失われる可能性はあるわけですね。
カーボンは壊れているか・壊れていないか、そのどちらかだ
カーボンフレームはへたるのか、疲労するのか、劣化するのか、ということを考える時、一般人の私達は「金属疲労」が頭の中にあり、そのアナロジーで考えてしまうことが多いと思いますが、その疲労の概念はカーボンコンポジットにはあてはまらない、という意見があります。
「疲労(Fatigue)」とは、金属工学において非常に特殊な意味を持つ概念です。それは、金属の結晶構造の劣化のことです。金属の物体または素材の「疲労限度」は、その劣化が発生するまでに耐えられる負荷の量のことです。たとえばアルミのようないくつかの金属は、技術的には疲労限度がないため、負荷が集中するエリアは寿命が長くなるよう設計される必要があります。私達のまわりにある金属の構造体(自転車・建物・飛行機・クルマ)は、材料の疲労特性に応じて設計され、修繕され、メンテナンス(維持)されたり、退役または交換されたりしています。
カーボンファイバーは金属ではないため、金属のような結晶構造を持ちません。そのため金属工学的な疲労の概念は当てはまりません。カーボンの内部構造が負荷によって劣化した時は、壊れます。カーボンファイバーは、極端に高い強度によって、その破壊が起こらないようにしています。カーボンファイバーが構造的に支えられる尖点に瞬間的に非常に重い負荷が発生した時、それでいて壊れないのであれば、それは大丈夫ですし、永遠に大丈夫です(カーボン製の航空機のウイングを設計したり検査するような人なら、もっと言いたいことはあるかもしれませんが、基本原則はこれになります)。
(中略)カーボンファイバーは「壊れている・壊れていない」という強固なバイナリー世界で生きているので、金属疲労とはあまり多くの類似はありません。
Nathan Knutson(自転車ショップでのメカニック経験20年)
Does carbon fiber not have a fatigue life?より引用
結局何がわかったか?
今回カーボンフレームの疲労について、あるいはカーボンフレームがどのくらい長持ちするのかについていろいろ調べてみて、何がわかったか。ボトムラインとしては、次のようなことが言えそうです(しかし、まどろっこしい言い方になるものがあります)。
- カーボンフレームは、壊れるときはもちろん壊れるが、壊れていなければ壊れていない
- しかし炭素繊維強化プラスチックの疲労については、まだよくわかっていないことがある
- いわゆる「へたり」は、負荷や衝撃を与え続けた結果というよりも、紫外線やケミカルといった環境要因によって素材が劣化することによって発生するのではないか(この意味でカーボンフレームがへたる、ということは十分ありそう)
結局、わからないことのほうが多かったです。そもそも「壊れる」という言葉の意味は何か、「疲労・へたり」という言葉の意味は何か、その定義を明確にするところからはじめないといけないところがあるようです。
カーボンフレームについて、皆さんは「へたり」を体感したり、劣化を感じたことはあるでしょうか。科学的根拠に基づかない体験談も、その筋の専門家からのご意見も、是非お聞かせいただければ幸いです(みんなで勉強しましょう!)。
追記:この記事には続きがあります↓