インターネットの時代に不便な外国を自転車で旅する人

サイクルスポーツ連載の「石田ゆうすけの僕の細道」。2019年5月号で第152回とのことなので、もう12年は続いている連載でしょうか。毎回楽しく読んでいるのですが、今月は久々の海外編でミャンマーの自転車旅が紹介されていました。

インターネットで身近になった外国

石田氏、本格的な海外ツーリングは久しぶりだったそうですが、発展途上・社会主義国での「あるあるヤバイ兆候」のお話などを読んでいて、特に「最も清潔そうな店」のあたりで爆笑してしまったのですが、詳細は是非本を手にとっていただくとして、読後あらためて思ったのは「こういう情報の価値はネット時代の今でも変わらない。むしろ価値が高まっている」ということでした。

飛行機による旅行が一般人にも手に届くようになった頃、遠くの外国は身近なものになりました。その後インターネットの発展にともない、外国は、世界はより身近なものになったと言われます。

実際、私達は現場に足を運ぶことなくGoogle Mapで世界中の風景や道を眺めることができるようになり、TwitterやZwiftでは世界中の人々とリアルタイムなコミュニケーションを取れる時代になりました。かつてなかった文化的体験を享受できているのは間違いなく、楽しい面・良い面がたくさんあります。

一方で海外旅行をする若者の数は近年激減しているという話もよく耳にします。大学生が1年間休学してバックパックを背負って安宿に泊まりながら海外を転々と旅する、というようなことをやる人は今では本当に少ないらしい。スマホの通訳アプリがあるので外国語の習得も切迫したものではなくなっているようです。

旅は面倒だし、疲れるし、トラブルもあるし、貧乏旅行をするとしてもそれなりにお金もかかる。言葉なんかも通じない。下手したら死ぬ。わざわざそんなことをしなくとも、外国のことはインターネットでいろいろとわかるじゃないか。楽しめるじゃないか。なぜ外国に行く?

と、世界全体がそういうロジックの中に突入してしまっており、私自身も昔のようには海外には行かなくなりました。

ハンターと語り部

そんな中、石田ゆうすけ氏の今回のミャンマー旅行記5ページはやはり大変魅力的な文章でした。実際にそこに行った人にしか書けないに違いない、リアルで生々しさのある文章です。

原始時代、食べ物がなくなって遠くの見知らぬ土地まで獲物を「ハント」しに行った人々は、獲物とともに現地で手に入れた様々な「情報」を持ち帰ってきたといいます。ハンターは村の集会で「語り部」となり、「あの山のむこうはこんな感じだったんだよ!」と話して聞かせ、聞く者はその言葉から風景を想像しました。

石田氏の「僕の細道」は今回の海外編に限らず、いつもそういう「貴重な情報を持ち帰ってきてくれるハンターさんのお話」に耳を傾けるような楽しさがあります。

「コンテンツ」という言葉が似合わない読み物

ただ、常々私はひとつだけ不満だったのです。

なぜこの素晴らしい連載はフルカラーページではないのだろう。なぜ高解像度のカラー写真ではないのだろう、と。カラーページはお金がかかるからかな、と。

だがしかし。今回のミャンマー旅行記も「ああー、この写真もっと大きいのが見たいよ、カラーで!」と思いながら読みはじめたのですが、読み終わった後に考えが変わりました。

これはフルカラーページでなくともいいんだ、と。フルカラーの風景を見たかったら現地へ行け。たぶんそれが正解なんだろう、と。

勿論「僕の細道」がフルカラーになってくれたらそれはそれでさらにおもしろくなるとは思いますが、想像力をかきたてられるこの感じ、小さすぎる不便な写真、そして熱い文章、これはインターネットでは接触できないタイプのリアルな情報で、それもいいのです。

いま「リアルな情報」のかわりに「リアルなコンテンツ」と書こうとして、やめました。消費と忘却を前提とした「コンテンツ」という概念は、「僕の細道」には似合いません。

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