カーボンフレームは結局のところ「へたる・疲労する・劣化する」のだろうか、という昨日の記事へのフォローアップ記事です。参考になる数々のご意見・体験談をお寄せいただきありがとうございました。この記事では、Twitterで教えていただいた面白い動画をご紹介します。
GCNによる「Your Carbon Fibre Bike Won’t Last Forever(あなたのカーボンバイクは永遠に持つわけではない)」という今年3月に公開された動画で、司会者がマクラーレンF1のシニア・マテリアル・エンジニアであるTom Batho氏と、オックスフォード大学で核物質科学を教えているJames Marrow教授に意見を聞いています。
35分強の長い動画なのですが、非常に面白い内容だったので英語に抵抗がない方は是非視聴してみて下さい。私達一般人にもわかりやすい内容でした。この記事では、私がこの動画を見て理解したこと・注目したところをピックアップしてご紹介します。
カーボンバイクの「ヘタり」は実際にありうる
Tom Batho (McLaren Senior Specialist, Materials Engineer) 氏と司会者との対話の概要(抄訳・抜粋)です。
- カーボンファイバーは疲労する。人々が金属疲労から連想するような、伝統的な意味での疲労ではなく、どちらかというとダメージの蓄積。それが進行して行き、最終的には材料のパフォーマンス(性能)に影響する
- 最初はマトリクス(エポキシレジン)でのマイクロ亀裂(micro fracture)からはじまり、繰り返し負荷をかけ続けるうち、それらの亀裂が集合し、最終的には剥離(delamination)を形成し、それが進行すると剛性や強度が低下する
- 疲労を引き起こす主要な要因は、機械的なインプットである
- 負荷が大きいほど、負荷をかける回数が多いほど、ダメージの蓄積は大きくなる
- マーク・カヴェンディッシュのようなスプリンターが、シーズン終了後に自分のカーボンバイクが柔らかくなってしまったと言うとしたら、それは実際にありうることで、恐らく測定も可能だろう。カヴェンディッシュが1年使ったバイクと、新品の同じモデルを比較すれば、剛性が異なっている可能性が高い(likely)
- ダメージの初期の兆候は、超音波や非破壊技術では検知できないかもしれない
- 庭に15年放置しておいたカーボンバイクや、クリス・ホイのような体格の人からeBayで中古のカーボンバイクを買う時、UVによって劣化していたり、(使用によって)疲労していることはありうる
- カーボンバイクは世の中に何百万台もあり、15〜20年経っているものもあるが、壊れているわけではない。だから大まかに言って、古いカーボンバイクに乗っても安全だとは思う
疲労は機械的なプロセスであり、負荷と歪みを何回経たかで決まる
James Marrow (Professor of Nuclear Materials Science, Oxford University) 氏と司会者との対話の概要(抄訳・抜粋)です。
- カーボンにも疲労はある。機械的な疲労だ。環境的なファクターもあるにはあるが、疲労は本質的には機械的なプロセスだ
- 材料が何回の負荷のサイクルを経たか、何回の歪みのサイクルを経たかでその疲労が変わる
- (使わずに経過した)時間ではなく、負荷と歪みのサイクルによって疲労が決まる
- 私はポリマーの専門家ではないが、紫外線と湿度が素材に影響するのは間違いないと思う
- しかし、疲労とそれは別の問題である
- 金属においては湿度が疲労を加速させる。コンポジットでは湿度がエポキシとインターフェースに影響し、疲労のプロセスを加速させる、という共通点はある
- 金属における疲労はより「局所的なもの」で、独立したクラックがゆっくり拡がっていく
- コンポジットでのダメージはより「分散したもの」であり、単一のクラックではなく、数多くのクラックが発生していく。剛性が落ちると感じるようになるのは、このためだ
- コンポジット素材での破壊は、しばしば「優美な破壊(graceful failure)」と呼ばれる。コンポジットは、生来的にダメージへの耐性がある。破壊時には、より多くのエネルギーを吸収する。そのため、破壊はあまり壊滅的ではない(less catastrophic)
- 時間の経過とともにマトリクスの特性が劣化したとしても驚きはしないが、私の立場は、最も大きい影響を与えるのは「使用(use)」だと考える。使われたか、乱暴に扱われたか。何年経ったものかというよりも、そちらのほうがより重要だ
とりあえずの結論(?)
以上の抄訳にもし誤りがありましたら、ご指摘いただけると幸いです。とりあえず、Tom Batho氏とJames Marrow氏の見解には大きい相違点は感じられず、ボトムラインとしては
- カーボンフレームも疲労する。金属疲労と同じ意味での疲労ではないが、疲労と呼べる現象はある
- 疲労はどんな負荷や歪みを何回与えたかで決まってくる
- 環境要因(紫外線や湿度等)は疲労を加速させる(塗装が適切でない場合)
- カーボンフレームが「へたった」ように感じられるのは、マイクロレベルでの亀裂が、負荷の大きいエリアで広範に発生しているからだ
こんな感じでしょうか。ちなみに昨日の記事では、カーボンフレームは壊れる時に「壊滅的破壊(catastrophic failure)」を起こす、という意見を紹介しましたが、James Marrow教授は逆に壊滅的な破壊にはならない、と言っているのが面白いと思いました。個人的には、どちらの表現も、観察のスケールによっては成り立つのかなと思いました。
またTom Batho氏もJames Marrow氏も、理論的にも経験的にもカーボンフレームの疲労はある、としながらも、言葉使いが慎重なところが多く、やはり観察や観測が金属に比べて難しいものなのだろうか、という印象を受けました。また、疲労の初期の兆候は検査してもわからないことがあるそうです。それでも選手が「へたり」を感じるのは、あってもおかしくなさそうですね。
カーボンフレームの疲労に関する昨日の記事とこの記事は、「プロロードレース選手は自転車の扱いが荒い? 一流プロ使用の再生品販売サイトについて厳しい意見」という2日前の記事から発生したのですが、ここで「一流プロ使用の再生品」に話を戻すと、カヴェンディッシュやフィリッポ・ガンナが1年使いました、というカーボンバイクは、やはり柔らかくなっている可能性は高そうです(アマチュアがそれを感受できるのかどうかは、また別の話かもしれませんが)。
中古のカーボンバイクを買う場合は、極端にパワーや体格が大きいと思われるライダーが長期間乗ったものは(競技用に使うのなら)避けたほうが良いのかもしれず、逆に10年15年前のものであっても暗い倉庫で保管していたデッドストックなら、製造時不良がなければ全く問題はなく、元々の性能を保っていると言って良さそうですね。