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「ペイン」と「ゲイン」から見た自転車パーツの進化(あるいはAmazonとドンキホーテに学ぶ商品開発)

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自転車パーツの進化の歴史は、ある見方をするなら、ペイン(pain)の除去の歴史であった、と言えるのではないでしょうか。

と、これだけだと何の話かわかりにくいですが、考えるヒントになるのはamazonのビジネスモデルです。

amazonと自転車パーツの歴史に、一体どんな類似性を見い出せるのでしょうか?

この記事では、そんなことを考察してみます。

ペイン=面倒・厄介・煩わしさ

あらためて、英語のペイン(pain)という言葉について。

「痛み・苦痛」という意味の他に、「面倒なこと・厄介なこと・煩わしさ」という意味があります。

自転車パーツの進化の歴史は、

サイクリストが持つあらゆるペインを取り除く

ということにフォーカスを置いてきたのではないか、というのがこの記事で考察する内容です。

さらに、「ペインの除去」が主目的ではないパーツについても考えてみます。

ペインを取り除く、というamazonの基本理念

amazonの創業者であるジェフ・ベゾスの考え方は、「ペインを取り除く」ことに徹底的にフォーカスしているのだそうです。というか、もうそれしか興味がない、というレベル。

私達が日頃から使っているamazonというECサイトの根底に流れているコンセプトは、完全に

お客さんからあらゆる「ペイン」を取り除く

というものです。

具体的には、

  1. 欲しいものを探しにくい
  2. 買おうとしているものが信頼できるかどうかわからない
  3. 注文するまで何度もクリックするのが面倒だ
  4. いつも同じものを注文するのにブラウザを開くことさえ面倒だ
  5. 商品が届くまで3日待つのも大変だ
  6. 商品が届くまで1日待つことさえ苦痛である
  7. 服のサイズが間違っていたら交換が面倒だ
  8. 買い物をするのにパソコンやスマホを操作するのが面倒だ

等々、様々な「カスタマーのペイン」に対して、amazonはたとえば次のような機能を強化してきました。

  1. 「欲しいものが見つからない」に対しては検索機能の強化を提供
  2. 商品の信頼性の担保についてはカスタマーレビュー機能を強化(問題はあるものの)
  3. 1-clickでの買い物を実現
  4. 洗剤を買うためだけに存在するAmazon Dashを開発(諸事情あって廃れました)
  5. 翌日配送が基本のAmazon Primeサービスを開始
  6. 数時間で生鮮食料品が届くAmazon Freshを開始
  7. 複数のサイズを試してから選べるAmazon Wardrobeを開始
  8. 話しかけるだけでモノを注文できるAmazon Echoを開発

といった具合です。

Amazonの基本理念は、下の記事でも紹介されているように、ずっと「カスタマーのペインを除去する」というものでした。

苦痛や摩擦を削除することにより、カスタマーの利便性や快適さを徹底的に向上させていくのが狙いです。

参考 Jeff Bezos’s War With Friction | Fortune

自転車パーツにおけるペインの除去

この「ペインの除去」という視点で自転車パーツの発展の歴史を考えると、ちょっと面白いことがわかるのではないかと思ったのでした。

例えば次のようなものは、どうでしょう。

12スピード・13スピードコンポ

かつては7段だったり8段だったりしたリアの変速も、まもなく12スピードが標準になろうとしています。

何のためにこんなにギア板の枚数が増えてきたかというと、変速時にギアレシオの差が大きすぎると脚に負担がかかるからです。疲れます。苦痛です。

このペインを削除するために、多段変速は進化してきました。ROTORに至っては13スピードコンポまで発表しています。

ただ、後述しますがROTOR 1×13は別のところでペインを増やす結果にもなっています。

ドロッパーシートポスト

ドロッパーシートポストというパーツも、ライダーが「いちいちバイクから下りてサドル高を調整する」という煩わしさ(pain)を除去するためのパーツです。

バイクから下り、クイックやボルトを緩め、サドルを下げる、という「3クリック」な感じの行為を座ったまま「1クリック」で済ませられるようになりました。かなりamazon的なパーツです。

気付きベル

賛否両論のある「気付きベル」も、見方によっては「存在に気付いてもらえない煩わしさ」からサイクリストを解放することを目指したパーツと言えるでしょう。

気付きベル

音を聞かされる側の煩わしさ、もあると思いますが、それはまた別の話。

Shimano PD-ED500

シマノのSPDペダルの中では最新の部類に入るPD-ED500は、ステップイン・アウトがとにかく軽いです。これも初心者や街乗りサイクリストに、ビンディングペダルの恩恵を味わってもらいつつ、「ビンディングはなんとなく煩わしい」というペインの削除を意図したパーツとして分類できるでしょう。

Shimano PD-ED500

ディスクブレーキ

ディスクブレーキはかなりわかりやすいペインの除去です。リムブレーキでのダウンヒルは、手が痛くなり、疲れます。ペインです。しかしディスクブレーキのおかげで、これまでと同じ結果(制動力)を、より少ない力で得られるようになりました。

TRP-25 Centerlock Rotor

電動コンポ

電動コンポもペインからの解放です。クタクタに疲れていても、ほんのわずかな力で変速できます。

SHIMANO Di2

SHIMANO Di2 電動コンポ導入完全ガイドより(写真・かななわさん)

さらにワイヤレスの電動コンポは、「操作におけるペイン」に加え、「セットアップにおけるペイン」も削除しています。

Shimano Di2は、変速操作からペインを減らしましたが、インストールには配線等のペインがまだ残っています

と、ここまで考えるとフルワイヤレスのSRAM eTap AXSシリーズは、12スピードでフルワイヤレスでドロッパーシートポストまであるという、「煩わしさからの解放」についてはamazonなみに進化しているコンポーネントと言えると思います。徹底しています。SRAMには明確なひとつの世界観があって、それがウケているように見えます。

自転車パーツにおける「ペインの除去」は今後も当然、続いていくでしょう。

消えることが望ましいペインはまだまだあります。油圧ディスクブレーキのブリーディング、ハメにくいタイヤ、シーラントの扱い、歩行者の目が痛くならないような配光のライト。これからもこの方向での改善は続いていくでしょう。

変速操作については、最終的には脳波で変速する「電脳シフト・マインドシフト」的なものまで進化していくことでしょう。あるいは心拍やワット数に連動して自動変速するような仕組みも、あるかもしれませんね。

ドン・キホーテ、あるいは「ゲイン」的なパーツについて

ここまでは自転車パーツにおける「ペインの除去」を見てきました。

しかし最近何かで読んだビジネス系の記事で、この「ペイン」に対して「ゲイン」という概念を対置する考え方があるのを知りました。

その「ゲイン」とは何でしょうか。

英語の「Gain」は「得る」や「得られるもの」といった意味です。

「ペイン」はネガティヴ系の言葉ですが、「ゲイン」はポジティブな言葉です。

どういうことでしょうか。

私達はもうamazonに慣れきっていて、その恩恵をほとんど「当たり前」のように思っています。amazonの様々なサービスは、問題ももちろんたくさんありますが、同業他社が敵わないくらいには快適です。

一方で、「不便さを解消する」という方向性とは逆のアプローチでビジネスを成功させている企業も存在します。

一例を挙げると、ドン・キホーテでしょう。

浅草ドン・キホーテ

amazonとドンキを、頭の中で比べてみます。この2社は、どう違っているか。

amazonは、徹底的に便利です。何でも揃っています。

ではドンキはどうでしょうか?

ドン・キホーテは、品揃えは多いですが、何でも揃っているわけではありません。セレクションのきめ細かさや便利さという意味では、amazonにはとてもかないません。「目当てのものを探しに行く」お店ではないと思います。

また、amazonのような「快適さ」や「利便性」とは異質な世界観がそこにはあります。通路は狭く、暗かったり、どこに何があるのかよくわからなかったりします。

しかしamazonに欠けていてドンキにあるのは、

  • 楽しさ
  • エンターテイメント
  • 意味不明なおバカアイテムとの出会い

と言えるでしょうか。

そうした「楽しさ・エンターテイメント性・おバカアイテムとの出会い」を、ここでは「ゲイン」と呼ぶことにしましょう。

ドン・キホーテは、何かの不便や煩わしさを解消するアイテムやプラットフォームではなく、新しい楽しみ方・新しい価値観を与えてくれる空間です。

ドンキの入口には魚が泳いでいる水槽が置かれていることが多いですが、amazonのトップページにはそんな無駄で意味不明のものはありません。amazonには「役に立たないもの」があってはいけないのです。

さて、自転車パーツの世界には、そうした「ゲイン」的な発想で生まれたアイテムは存在するでしょうか? あるとしたら、どんなものがあるでしょうか?

お茶ベル

すぐに思いついたのは「お茶ベル」です。これはあまりにわけのわからないパーツなので、この記事でも紹介しました。この製品があまりにも特異なのは、これまで見てきたような「ペインの除去」とはほとんど関係がないところです。

お茶ベル

ある意味、無駄です。発想的に、SRAM eTap AXSの対極です。しかしこのパーツの無駄さ、なんか笑ってしまうところは、非常にドンキ的です。これは「ゲイン系」のパーツと言えるでしょう。別の言い方をすれば、ワクワク系です。単純に楽しい。わけがわからなくて、面白い。エンターテイメントです。

ロードプラス

ロードプラス、という650bx47のタイヤも「ゲイン系」と言えると思います(解説記事)。ロードプラスにすることによって、振動吸収性が高まることによるペインの除去、も勿論ありますが、それよりも「これは面白いぞ、楽しいぞ」という特性のほうが際立っているように思います。

WTB Byway TCS 650bx47c

どちらかというと、利便性の追求というよりも、エンターテイメント性に振った製品コンセプトだと思います。

ペイン除去系とゲイン系のミックス

しかし考えるうちに「ペイン除去系パーツとゲイン系のパーツ」というふうに、きれいにわけられないものも多いことに気付きました。

ディングルスピード

たとえばディングルスピード(解説記事)。シングルスピードの持つ不便さを解消するためにギアを1枚づつ追加する、という意味ではペイン除去系のようにも思えますが、手動でチェーンを掛けかえるというところは手元変速に比べると面倒この上なし。

どちらかというとエンターテイメント寄り、ゲイン寄り、面倒であってもその体験を楽しむためのパーツかもしれません。マイナスな何かを埋めるのではなく、新たに何かを生んでいく行為であり、そのためのパーツという気がします。

グラベルロード

最近流行りのグラベルロードも、「ロードバイクだとあの道走れない…」とか、「あの道走るならMTBで出かけないと…」という煩わしさからサイクリストを解放するようなコンセプトの製品です。だからこそ人気も出ているのでしょう。

しかしグラベルロードの人気は「amazon的な利便性」とはちょっと違うところに根を持っているように思います。便利なことは便利ですが、徹底的に効率を求めるというよりも、多少の不便や妥協があってもそれを楽しむ、というエンターテイメント性に振った自転車ではないでしょうか。ペインの除去と、ゲインのミックス系です。

Zwift

ここまで考えてきて、インドアサイクリングのZwiftの人気もグラベルロードの人気と共通点があるように思えてきました。

Zwiftはもともと「退屈極まりないインドアトレーニングを楽しくする」という発想から生まれたサービスでした。

ローラー台というだけで、「退屈・つまらない・苦痛だ」という言葉をすぐに思い浮かべる人が多いでしょう。

Zwiftはそういうペインからサイクリスト解放しつつあります。が、同時に、Zwift内の様々な「ワールド」は「快適な体験を提供する」というamazon的なものとは違っています。というか、完全にドンキです。

Jarvis The Bear - Zwift

野生のクマとか見かけるからZwiftは基本飽きないぞwちなみにこのクマはJarvisという名前があります

たとえばamazon的な世界には、上の画像に見えるようなクマは登場しません。クマは無駄だからです。クマに名前を付けたりも、しません。

ゲイン系パーツやサービスは多くない

しかしこうやって考えてみると、「ペイン除去系」の自転車パーツはたくさんある、というか、それが9割以上を占めていて、「ゲイン系」のパーツはかなり少ない、という気がします。これは、サービスについても同様です。

ぱっと見、無駄かもしれないけれど、楽しさを与えてくれるパーツ。これは面白いぞ、とか、こんな楽しみ方があったのか、と感心させられるようなものは、そんなに多くないと思います。

ゲイン系の製品やサービスのほうが、開発が難しいからだと思います。

見方を変えると、モノ作りや新しいサービスを考えている人にとって、ここには大きい可能性があると思います。ブルーオーシャンです。

ペイン除去系・便利系・快適性向上型のパーツは山ほどあるだけでなく、同一コンセプトのほぼ同じような製品を様々な会社が製造販売していますよね。完全にレッドオーシャンで、飽和状態です。

ハンドルバーバッグ、ステムマウントバッグ、サドルバッグなどを考えてみてもそうです。同じような製品がamazonには山ほど陳列されていますが、大メーカー製品・怪しい中華製品問わず、もうどれも特徴がない、どれを買っても大差ない、というような感じのものが、多々あります。

R250のフロントポーチ

どれを買っても極端には外さないだろう、という安心感はあるのですが、それだけだと、ちょっとつまらないかなという感じが個人的にはあります。これは、モノが売れなくなってきている原因のひとつにもなっていると思います。

ちょっと不便でも、ワクワク感がある製品がもっと出てくれると楽しい… と思います。そういえば最近下の記事で紹介したXOSSの超低価格GPSサイコンも、不便なところがあるのに、かなりウケている不思議な製品です。

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ちょっとドンキで売っていそうな製品ですよね。どんなワザ使ったらStravaと連携できるんだ、とか、そういうことまで含めて「セットアップまでの体験」を楽しんでいる人が多そうです。不便さが楽しまれているフシさえあります。

13スピードのROTOR 1×13は、製品的にはきっと優れたものなのだと思いますが、どうもいまひとつバズっていないというか、人気に火が点いていないように見えます。

「対応ハブがまだ手に入らない、ディレイラーもブリードするのは面倒だ」というペインが残っているせいもあると思いますが、これ以上の多段化にはもうワクワクしない、という人が多いせいもあるのではないでしょうか。

「ROTOR 1×13」という名称も象徴的な気がします。奇を衒わずに、シンプルに「ワンバイサーティーン」と命名したそうですが、ワクワク感がありません。

ただ、油圧シフトというのは、面倒さ以外にワクワク感もあるので、ペイン除去+ゲインのミックス系な性格もあるような気もします。いろいろな意味で謎の多い製品です。

コト消費

別の言い方をすると、人は「モノ」よりも「コト」のほうにより興味を持つようになってきている、ということでしょうか。「コト消費」って言葉、よく聞きますよね。

amazonでのショッピング体験も、ずっと「コト消費」的な楽しさはあったと思います。こんなにも簡単になるのか。便利になるのか。という感じで今日に至っていますが、だいぶ限界に来ているというか、飽和しつつあるような気もします(それでもamazonは常に思いがけないペインを「発掘」し、その解消を狙ってくるところがすごいですが)。

ネットショッピングにしても、自転車パーツにしても、便利すぎて、快適すぎて、ちょっとつまらくなってきた、と感じている方もいるのではないでしょうか。

不足した何か、マイナスな何かを埋めるパーツやサービス以外に、もっと「ゲイン」寄りの物事が自転車界に増えていってくれたら、嬉しいなぁ、と思います。

情報サービスについても、YouTubeやブログに「クリンチャーのパンク修理方法」の動画や記事が100本も1000本もあっても、風景的にはあまり楽しい感じではないですよね。

でも、どうやったら楽しいモノやサービスを生み出せんだろう。そこには法則や明確な答えがなかったりするので、誰もが苦労するところですね。

著者
マスター

2007年開設の自転車レビューサイトCBNのウェブマスターとして累計22,000件のユーザー投稿に目を通す。CBN Blogの企画立案・編集・校正を担当するかたわら日々のニュース・製品レビュー・エディトリアル記事を執筆。シングルスピード・グラベルロード・ブロンプトン・エアロロード・クロモリロードに乗る雑食系自転車乗り。

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