サイクリング・コミュニティの一部になりたい。つまり他のサイクリストと友達になって一緒に走りたい。しかし自分には高価な自転車やウェアを買うお金がない。どうしたらいいでしょうか? という漠然とした質問(?)を海外掲示板で見かけました。
サイクリングは高価なスポーツです。皆さんはどうやって低予算ではじめているのですか? どんな自転車ではじめるか、最初に何を着るかは大事だったりしますか? 私は短パンとノースリーブシャツを着るだけですが、サイクリング・コミュニティの一部になりたいのです。経済的にビブやその他の製品を着る余裕はありません
出典 Cycling is a expensive sport, how do anyone start with a small budget?
あらゆるレベルにスノビズムがある
この質問に対して寄せられたコメントの中で最も支持を集めていたのがこちら(本記事時点で高評価508件)。
あらゆるレベルでスノビズム(snobbery)に遭遇するから、心配する必要はまったくない。君がビブやジャージを着ていないのを見て見下す人がいるだろうし、ビブやジャージを着ていても君のは安物すぎると見下す人が出てくるだろう。ちゃんとしたビブとジャージを着ていても、カーボンフレームやカーボンホイールでないと見下す人がいるだろうし、リムブレーキであっても、チューブレスでなくとも見下される。そういうものを全部持っていたとしても、君はそれらに値するような上等なライダーではないと見下す人が出てくる。もし君がそれらに値するような上等なライダーだった場合、ここで一周回って、君はガチすぎる、と見下す人が出てくるものだ。
ちなみにsnobberyという言葉の意味は、ロングマン辞書によると次のように定義されています。
behaviour or attitudes which show that you think you are better than other people, because you belong to a higher social class or know much more than they do – used to show disapproval
あなたがより高い社会階級に所属しているから、または他人よりも多くの物事を知っているからという理由で、あなたが自分を他人よりも優れた人間であると考えていると示すような振る舞い・態度のこと。不承認を示すために用いられる
回答者の方が言いたいのは、そんなふうに人を見下したり、別の言い方をすれば「マウントを取ってくる」ような人が必ずいるから、他人の目は気にしないほうが良いと思うよ、ということでしょう。安いウェアで良いし、安い自転車で良い。お金なんかかけなくたっていいのだ、と。
楽しむことと承認されることは関係がない
しかしこのスレッドを読んでいて、最近見た解剖学者・養老孟司の「空気を読む〜承認欲求の話〜」という動画を思い出しました。承認欲求に関する話です。
そういう風に人の顔色を見るっていうのは、不幸になる第一歩みたいなもんで… 付き合うけど気にしないっていう、そこら辺をだんだん覚えていかないといけない
上のスレッドの質問者さんも、自転車を楽しむことそのものよりも、集団の中に入って、そこで自分の存在を認められることが大目的になっているのではないか、と思いました。お前は大丈夫だ、お前には価値がある、間違っていない、ちゃんとしたものを着ているし、ちゃんと走れる、お前はいい奴であり、俺達の仲間だ。そんなふうに自分を認められたい欲求が強いのではないか。
しかしスタート地点に承認欲求があると「俺もっとすごい系無限スノビズム地獄」から抜け出すのはかなり難しいのではないでしょうか。また自転車に限らず、もっと良いクルマに乗らないといけないとか、もっと高価で珍しい腕時計をはめていないといけないとか、生活のあらゆる面でそういう価値観に囚われてしまうのではないでしょうか。
自転車は、そもそもそういう価値観から抜け出すための優れたツールのひとつではないかと思っています。