サイクリスト・アウトレイジ最終章

前回までのあらすじ: サイクリングの楽しみに目覚めた花輪会の構成員たち。次第に自転車慣れしてきた男たちはやがて内に秘めたマウンティングへの欲求を爆発させ次々と仲間割れをはじめていった。自転車を愛するが故の憎悪と敵対。そしていま、全員悪役の最後の抗争がはじまるーー

am 10:30 北野組事務所

はかない桜

革張りの黒いソファにどっかりと座りホワイト・インダストリーズの高級コグを眺めている北野組の金庫番・加瀬にピエールが言った。

ピエール: なあ加瀬、こないだの兄貴速かったよなぁ。アベレージ30km/hだし、峠の下りもピューっと速くてさ。兄貴が使ってるタイヤの話とかも教えてもらったら面白くてよ、コンチネンタルってのがいいみてぇだな
加瀬: ん? ああ、北野の兄貴ね… ま、いくら速くてもよ。コーナーは攻めねぇし、上ハンばっか持ってるしよ。体幹ができてねぇ。そんな奴が言ってるこたぁ、薄っぺらいんだよ
ピエール:(ドアのほうを見て何かに気付く)あっ…
加瀬: (構わず続ける)俺は認めねぇよ。俺みてぇによ、限界領域で走ったこともねぇくせに偉そうなこと言うんじゃねぇってんだ。何が兄貴だよバカ

開いたドアからゆっくりと事務所に入ってくる北野。懐から取り出した拳銃を加瀬の後頭部に当てる。

北野: 薄っぺらくて悪かったなぁ、おい
加瀬: ヒッ、兄貴!!
北野: 俺はな、お前みてぇな命知らずじゃねぇからなぁ。ブレーキ付けてるし。お前のなんつったっけ、ピストバイクってのか、ブレーキついてないんだろ? 脚で止めるんだろ? 俺はな、ありゃぁ無理だ。悪かったな(ヘヘ、と笑う)
加瀬: 兄貴、スンマセンでしたっ! 何でもします、何でもしますから許してください!

土下座する加瀬を眺めながら、一瞬の沈黙のあと北野は微笑んで言った。

峠、下りに行こうか?

pm 14:30 車坂峠

加瀬は両手を縛られ黒塗りのクラウンのバックシートに乗せられた。北野と舎弟たち、そして加瀬を乗せたクラウンは長野県のチェリーパークラインを登り山頂の車坂峠に停車した。

北野の舎弟2人がクラウンの上に積んだ2台の自転車を降ろしにかかる。1台は北野のロードバイク、もう1台は加瀬愛用のノーブレーキピストだった。

手から縄をほどかれた加瀬に北野が言った。

北野: おう、競争しようか。先に小諸駅にゴールしたほうが勝ちだ
加瀬: ……
北野: いまのうちにR-1飲んどけよ(ヘヘッ)

2人はチェリーパークラインを下りはじめる。スタート直後、並走しながら北野は加瀬に言った。

北野: おめぇの自転車、脚でブレーキかけるんだってな
加瀬: ええ、まぁ…

2人はどんどん加速しはじめる。そして北野は笑って言った。

ところでよぅ。お前のリアホイール、フリーギアに換えといたからよ

2人の目の前にヘアピンカーブが近づいてくる。加瀬はバックを踏もうともがく、だがホイールは陽気なラチェット音を立てるだけだ。

ヒエエエエエエエッッッッッ!!

カーブをクリアした北野の背後で、加瀬の悲鳴が響き渡った。

pm 16:20 張会長宅

北野は事務所に戻る途中、白竜の乗ったマイバッハに道を塞がれ理由を告げられないまま国際的大物フィクサー・張の邸宅へと連れて行かれた。

張会長は応接室で巨大なテレビスクリーンの前に置いたWahoo KickrZwiftをやっていた。

張会長: 北野。ちょっとやりすぎじゃないのか
北野: …(軽く頭を下げる)
張会長: なぜみんな仲良くできないんだ。せっかく自転車が好きなんだろう。仲良くできないか
北野: …
張会長: 俺は全部許す。イタリア製もアメリカ製も台湾製も許す。シマニョーロもキックスタンドも許す。BB30だって許した。競技が好きな者、ポタリングが好きな者、いろいろいる。心を広く持て
北野: …
張会長: しばらく韓国に行ったらどうだ

その時北野はずっと気になっていたことを口にした。

会長、サングラスのつる、ストラップの下になってます

張会長は顔をこわばらせ、ペダルを回す脚を止めた。そして表情を変えずじっと北野の顔を見つめてから、隣にずっと立っていた白竜に顎で何かを指示した。

pm 19:10 大井埠頭

大井埠頭

白竜: 兄弟。すまねぇ
北野: うん
白竜: 会長にだけは絡んでほしくなかった
北野: うん

白竜が北野に銃口を向ける。

白竜: 言い残すことは?
北野: そうだなぁ。最近ピエールのシマ、儲かってんだってな。あんにゃろう、シェブなんか手出しやがって
白竜: …シェブ?
北野: なんだ、知らねぇのか。シェブだよ、SHEV。物質の潜在能力を極限まで引き出すんだってよ。銀色のシールみてぇなやつ。自転車に貼ると性能上がるらしいぞ。ピエールが売ってんだ
白竜: …
北野: おめぇあいつのシマ、取っちまえ

白竜は引き金を引いた。

サイクリングの楽しみに目覚めた花輪会の構成員たちはその日はじめての輪行サイクリングを成功裏に終え、居酒屋で祝杯をあげていた。
サイクリングの楽しみに目覚めた花輪会の構成員たちはその日はじめて100km超えのグループライドを成功させ、帰りに焼肉屋で祝杯をあげていた。 ...