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ブロンプトン社のジレンマ

ブロンプトン社は、さらに成長するのも、現状を維持するのも大変な会社ではないか、とよく思います。

たとえば「ブロンプトン社の売上を伸ばしてほしい」と依頼された場合のことを想像してみます。どういう方法が思い浮かぶでしょうか。

これは思考実験として、結構面白いと思います。

完成度の高い製品を生んでしまった会社のジレンマ

というのもです。ブロンプトン社の主力にして唯一の商品とも言える16インチ折り畳み自転車「ブロンプトン」は、あまりにも完成度が高い自転車だからです。

Brompton S6L

勿論ブロンプトンは、これまでに何度となくマイナーチェンジを重ねてはきました。

内装ハブが改良版になったり、新しいギアレシオが追加されたり、ブレーキが新型になったりと、年々細かいパーツがちょっとずつ使いやすくなってきてはいます。

様々な形状のハンドルが追加されたり、リアキャリアやマッドガードがあったりなかったりという、細かいバリエーションも追加されてきました。

一方で基本となるフレーム部は、大きくは変わっていません。チタンのフォークやリア三角など、新素材の追加はあったものの、ジオメトリや折り畳み設計などは基本的にずっと同じままです。

ブロンプトンは本質的に、これ以上変えるところのない、進化できない自転車である、ということが言えると思います。また、大きく変える必要もないでしょう。

そして、それがブロンプトンという小径車のブランド価値に繋がっていたりもします。「完成された、究極の小径車」という価値です。ブロンプトンを買いに来る人は、みんなその価値を求めてやってきます。

すると問題になってくるのが、新規ユーザーの取り込みや、買い増しによって売上を伸ばすことを目的に「全く違う設計の新モデルを追加する」ことが難しい、ということです。

では「買い替え」を促すのはどうでしょうか。

ブロンプトンはとても丈夫な自転車なので、一度買った人が買い換えることはあまり多くないでしょう。そう簡単に壊れない頑丈さ。そう簡単に陳腐化しない設計とデザイン。

Brompton S6L

この強力なセールスポイントも、皮肉なことにブロンプトン社の「次の一手」を封じてしまいます。

カーボンロードバイクのように、3年や5年経つとなんとなく陳腐化するのでユーザーが買い換える、ということは期待できません。

違うカラーのモデルを用意したとしても、新たに買い増しする、という層は、決して多くはないでしょう。一部のマニアは買うかもしれませんが、売上全体を伸ばすほどの数にはならないように思われます。

さあ困った。

加えて、ブロンプトンは高価です。20万円くらいします。若者が簡単に買える値段ではありません。必然的に、購入者の年齢層は高くなります。

若い新しいユーザーを獲得するのは、簡単なことではないでしょう。

こんな状況の中、他の小径車メーカーが大人しくしているわけがありません。巨人ブロンプトンによる小径車市場でのシェアを奪うべく、様々に趣向を凝らした新しいモデルで戦いを挑んできます。

ブロンプトンに迫る性能で、より安いモデルを出してきたりすると、脅威です。

記憶に新しいところでは、Tern BYBというモデルがありますね。海外では「はじめてのブロンプトン・オルタナティブ(代わりの選択肢)」などと呼ばれているのをよく目にします(Tern BYBについては下の2つの記事をお読みいただければ幸いです)。

ブロンプトン初心者が、Tern BYBに試乗してしまった結果。
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Tern BYBの実力はまだ未知数ですが、もし大ヒットしてしまったら、ブロンプトンのユーザーは少し減ってしまうでしょう。そして第2、第3のTern BYBのような製品が次々に登場してくることでしょう。

危うしブロンプトン。このピンチをどうやって脱却できるのかーーー。

こうなるとブロンプトンがいかに優れた自転車であったとしても、何もしないでいるわけにはいきません。何か手を打たなければならないはずです。

では、何ができるのでしょうか? それを考えてみるのが、頭の体操として、ちょっと面白いのです。

同じものを違うふうに売る戦略

同じものを同じふうに売る、という戦略は、成長が右肩上がりの時は有効です。みんなが求めている「変わらないいつものあれ」を、そのままに提供すれば良いだけです。

しかし成長が止まってしまった場合、伸び悩んでいる場合は、次のどちらかをやらないといけません。

  1. 違うものを売る
  2. 同じものを違うふうに売る

このうち「違うものを売る」のは、先にも見てきたように、容易なことではないでしょう。

何故なら、ブロンプトンはもう根本的に変わる必要のない、折り畳み自転車の到達点だからです。それを変えてしまったら、ブロンプトンがブロンプトンではなくなります。

もし冒険をして、まったく新しいモデルを投入して失敗でもしたら、ブロンプトンのアイデンティティ、ブランド価値が損なわれるリスクがあります。

ブロンプトンは非常に高価なプレミアム製品なので、既存ユーザーからの信頼を失うわけにはいきません。

だから、100%絶対に勝てる勝算がない限り、軽々に「まったく新しい自転車」を投入することは、恐らくないでしょう。

すると現在、ブロンプトン社にとって最もリスクが少なく現実的な戦略は「同じものを違うふうに売る」ということになります。

ではこの戦略を実現するために、どんな戦術を用いれば良いのでしょうか。

高価なバージョンを売る

これはずっと前からそういう動きが存在しています。高価な超プレミアムバージョンを用意することで、単価を上げる作戦です。単価を上げれば、売れるのが同じ台数であっても、売上は伸びます。

わかりやすい例で言うと、RAWカラー。カッコいい。でも高い。

CHPT3 V3のようなコラボモデルも、この流れに位置付けられるでしょう。

Brompton CHPT3 V2。これ、不幸な事故やってん。
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ブロンプトンは、お金のない若者には買えない。なら、お金を持っている購入層に、より高い値段で買ってもらおう、という方向性です。

安いバージョンを売る

逆に、お金のない若者でも買えるような価格設定のモデルを出す作戦が考えられるでしょう。単価による収益増を狙うのでなく、ユーザーの数自体を増やします。販売台数を増やします。

この作戦は、現実のものとなりました。いまのところ日本での発売予定はありませんが、約10万円のブロンプトンが今年、発表されました。これは明らかにユーザーの絶対数を増やす作戦です。これまで買えなかった人にも買ってもらおう、という作戦。

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この10万円のブロンプトンは、いずれ日本でも発売されるでしょうか?

これは予測が難しい問題ですが、個人的には、出さざるを得ない時が来るのではないか、と考えています。高単価なプレミアムモデルに注力しても、いつか限界が来るような気がします。

トレンドに合わせたリノベーション

他の方法として、現在のブロンプトンの仕様をほとんど変えずに、あるいはほんの少しだけ手直しして、新しいものとして売る、という作戦があります。

アドベンチャー仕様のBROMPTON EXPLORE EDITIONは、そういうロジックから生まれてきた製品だと思います。これは「ブロンプトン=都市型自転車」というイメージを振り払い、オフロードでも使えるんだ、と訴求することで、新たなユーザー層にリーチする方法です。これも「新しいユーザー層の獲得」が目的です。

BROMPTON EXPLORE EDITION

(↓EXPLORE EDITIONの記事が2つあります。あわせて是非お読み下さい)

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あるいはフロントハブを電動化して、流行りのE-BIKEに仕立てます。BROMPTON ELECTRICの誕生です。大きい仕様変更のように見えますが、これもブロンプトンの本質に影響のない、マイナーバージョンアップのようなものと考えられそうです。また、これは同時に「高単価路線」でもあると言えそうです。

BROMPTON ELECTRIC

単価が上がり、なおかつ「電動でもっとラクに走りたい」という新しいユーザー層にもリーチできる、という意味で、いまブロンプトン社がいちばん売りたいものがこのBROMPTON ELECTRICではないかとも思います。これは、力を入れるんじゃないでしょうか。業績向上という視点からすれば、最適解のひとつです。

ただ、せっかくのフロントキャリアブロックがバッテリーしか入らないバッグに奪われてしまうのは、やや退行のような気がしないでもありません。

ブロンプトンは生き延びられるか

こうやって考えると、

  • 買える人にはより高い値段で買ってもらう(単価を上げる)
  • 買えない人にはより安い値段で買ってもらう(ユーザー数を増やす)
  • 今までブロンプトンに興味がなかった人にもその魅力を知ってもらう(ユーザー数を増やす)

という、考えつきそうな方法はすべて実行に移されている感じがします。

企業が収益を向上させるには、基本的に次の3つしかありません。

  1. 製品単価を上げる
  2. 同じお客さんに何度も自社製品を買ってもらう
  3. 買ってくれるお客さんの数を増やす

このうちの2番目は、ブロンプトンが基本的にずっと同じで丈夫すぎる自転車なので、あまり期待できません。するとやはり1と3に注力する以外にないという感じでしょうか。

これで万事うまく行けばそれで問題ないのですが、うまく行かなかったら、どうしよう。どんな手があるのか。ということが、1ブロンプトン乗りとして、なんとなく気になったのでした。

モノ作りをされている方、モノを売っている方にはなかなか面白い思考実験ではないでしょうか。

製造の合理化によるコストカット、という方法もあるかもしれませんね(それによって品質が落ちなければ。以前、台湾に生産を委託して痛い目を見ています)。

まぁいまのところ売上が落ちているわけではないらしいので、心配は要りません。

それにしても基本的に同じ1台の自転車でこれだけ長く小径車界の頂点に君臨しているブロンプトンは、やはり只者ではないなという気がします。

著者
マスター

2007年開設の自転車レビューサイトCBNのウェブマスターとして累計22,000件のユーザー投稿に目を通す。CBN Blogの企画立案・編集・校正を担当するかたわら日々のニュース・製品レビュー・エディトリアル記事を執筆。シングルスピード・グラベルロード・ブロンプトン・エアロロード・クロモリロードに乗る雑食系自転車乗り。

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